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新しい生活 4

 ここは僕のベッドだ。  目を開けなくても、空気とリネンの感触で感じ取れる。  どうやらお父さんの部屋で寝落ちしてしまったようだ。  すぐに額に暖かいものを感じた。  これは口づけだ。    駿の気配を感じる。  嬉しい。  駿からの口づけを浴びているんだ。  そう思うと、急に胸がドキドキしてきた。  ひと月、離れていた間も電話越しにキスはしたけれども、最後の方はもどかしくなっていた。  駿に触れたい。  僕に触れて欲しい。  直に触れ合いたい。  そんな気持ちで、もどかしく苦しくなっていた。  ようやく解放されるのか。  額に受けていた唇は、やがて僕の唇に辿り着く。  最初は躊躇いがちに、次第にリズミカルに唇を吸われた。  控えめなリップ音。  ぬくもりが気持ちいい。  どうして駿とのキスは、こんなに気持ちいいのか。  蕩けそうになっていると、突然キスが止んでしまった。 「ごめんな、想……疲れているのに……今日は眠らせてやらないとな」  名残惜しそうに離れていく唇を、僕は慌てて呼び止めた。 「しゅん……キスしたい……もっと」  自分から強請るのは恥ずかしかったが、それでも欲しかった。 「起きていたのか」 「……駿に触れたいんだ。生身の駿に」 「あぁ」  駿が僕をガバッと力強く抱き寄せた。  腰をしっかりホールドされたので、身体の力を抜いて駿に委ねた。 「お父さん無事で良かったな。想……好きだ、好きだ! 大好きだ!」  言葉と感情がいっきに上昇していく。  僕たちはお互いの存在を確かめ合うように深いキスをし続けた。  柔らかくて、あたたかくて、幸せなキスを―― ****  翌日、僕はお母さんと一緒に、お父さんを病院に連れて行った。  ありとあらゆる検査を受けた結果は、カイロの病院での診断と大差なく、やはり車椅子が必要な状況だそうだ。自力では歩けないと……  銃弾が貫通した大腿部の損傷が大きく、あと数ミリ撃たれた場所がずれていたら下半身不随になっていただろうと。  足を動かせるようになるかは、今後の経過とリハビリ次第だ。  僕とお母さんは不安にかられたが、お父さんはその結果に大きく頷いていた。 「可能性はゼロじゃないんだ。なぁに学生時代に戻った気分でリハビリを頑張るよ」  企業の最前線を走り続けたお父さん。  いつも健康で病気で寝込んだこともないお父さんにとって、過酷な診断のはずなのに、どこか明るかった。  それが救いだった。でも… 「想……私が心の中で落ち込んでいると、内心心配しているんじゃないか」 「それは……少し思っています。人知れず落ち込んでいるのでは?」 「想は素直だな」 「ごめんなさい」 「お父さんは実はワクワクしているんだ」 「え? どうして?」  この状況のどこにワクワクする要素が潜んでいるのか理解出来なかった。 「それは私が今まで見たことのない世界だからさ。今まで健康には恵まれていて、動けるだけ動いて、走れるだけ走って、立ち止まったことがなかったんだ。結婚生活でも子育てでも、いつも私だけ突っ走っていたよな」  お父さんが最後は自嘲的に呟くと、お母さんが「それは違うわ」と否定した。 「ん? 違うのか。どこが間違えている?」 「それは一度だけ立ち止まったことがあるから」 「いつだ?」 「まぁ、忘れちゃったの? 急ブレーキをかけたのに」 「あ……いや、忘れてないさ。応援席で君を見つけた。あの時は一歩も動けなかった」  うわぁ……お父さんとお母さんって、こんなに熱々だったの?  僕は最近まで知らなかったから、照れ臭いよ。  でも同時に嬉しい。  僕は今も熱烈に愛し合っている二人の子供なんだね。  愛から生まれ、愛されて育った、幸せな子供だ。 「お父さんとお母さんってば、僕の前でそんなに惚気ないで」 「ははっ、想こそ惚気ていたじゃないか」 「えぇ?」 「駿くんに甘えてもいたしな」 「わわ、それは言わないで」    お父さんってこんな軽口も叩けるの?  なんだか今まで強くて近寄り難かったけれども、最近は少し違う。 「お……お父さんには勝てないよ」 「想、いいね。帰国したらこんな風に家族と軽口を叩いて賑やかに明るく過ごしたかったんだ。想の世界もお母さんの世界も見たかった」  お父さんが歩み寄ってくれる。  僕ももっともっと近くにいきたい。 「お父さん、今週末はクリスマスですね。今年は家族で賑やかに過ごしましょう」 「あぁ家族でなら、駿くんも呼ばないとな」 「え……いいの?」 「想の駿くんなんだろ?」 「お……お父さんってば!」 「ははっ」  車椅子に乗ったお父さんが白い歯を見せて笑った。  晴れ渡った空のように、明るい笑顔だった。      

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