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聖なる初恋 5

 地下のBARが別世界だと思ったのは、あまりにも美しい男性がカウンターに座っていたからだ。  同じ男性なのに、うっとり見蕩れてしまう程の美形だ。  漆黒の髪、透き通るような肌、高い鼻筋に意志の強い瞳。  失礼だと思うのに、どうしても目が離せなかった。  彼は月のような静かな光を放っている。  スポットライトを浴びているように、そこだけが白く輝いて見えた。  まるで……月の精のようだ。 「えっ? どうして、ここに?」  隣に立っていた瑞樹くんも、その男性を見て息を呑んでいた。ただ僕の反応とは少し違う驚き方だった。   「もしかして、あの人は瑞樹くんの知り合い?」 「うん、想くんと同じ大切な友だちだよ。洋くん!」  カウンターに座っていた男性がゆっくりと僕たちの方を向いた。  正面から見ると更に男の色香をダイレクトに感じ、僕の胸は高鳴る一方だ。  初対面なのに、確かな縁を感じていた。   「驚いたな。どうして瑞樹くんがここに?」 「洋くんこそ、今日はどうしたの? 診療所は?」 「今日は丈が久しぶりに学会で午後休診にしたから、俺も一緒に出て来てクリスマスギフトを選んでいたのさ。で、丈が来るまで、ここで一杯飲もうかと思って」 「僕も宗吾さんと芽生くんと待ち合わせで、そうしたら想くんと偶然会って……あ、想くんは2年前に知り合った友人だよ」  彼の視線が、今度は僕とぶつかる。 「はじめまして。張矢洋です。その……よろしく」 「あ、あの、僕は白石想です」  彼は見た目の華麗さとは違って社交的ではないようで、ぎこちない話し方だった。  だが、僕には彼の気持ちがしっかりと伝わっていた。  不思議なことに、似た波長を感じていた。 「漢字で書くと『想う』の『想』なのか」 「そうです。想像のソウ、想い人のソウです」 「いいね、俺の好きな漢字だよ」 「ありがとう。あの……よかったら一緒に飲みませんか」 「えっ、俺が混ざってもいいのか」 「もちろんです」 「ありがとう、嬉しいよ」  先に動いたのは僕の方だった。  最近の僕は以前よりずっと積極的になった。  全部、駿のおかげだ。  駿といると、ポジティブになれるんだよ。  そんな会話をしていると、ポンと背中を押された。 「いらっしゃい。どうぞ座って下さい」    バーテンダー姿なので、この人が大河さんの弟さんのようだ。大柄な大河さんと違い、ほっそりと硬質な雰囲気の男性だった。  大河さんが虎なら、この人は黒豹のようにしなやかだ。 「蓮くん、お久しぶりです」 「瑞樹くん、久しぶりだば。隣の君は?」 「白石想です。ロンドンで修行中だった大河さんの通訳をさせていただいたご縁で、今日はお店に」 「あぁあの時の通訳の……くくっ、兄さんの世話は大変だったろう」 「いえ、慣れていますから」   ロンドンで大河さんの通訳を手伝った時、何故か駿を思い出してしまった。    勢いのある所、突っ走る所、駿が恋しくなった。  懐かしい想いで大河さんを見つめていると、今みたいにポンっと背中を押された。  …… 「想くん、人生は一度きりだ。会いたい人がいるのなら会った方がいいぞ」 「会いたい人……います……高校の同級生なんです」 「やっぱりな。日本にいるのか」 「はい」 「じゃあ、日本に戻らないとな。いつまでも離れていたらダメだぞ。もう永遠にくっつけなくなっちまうぞ」 「……」 「そんなに会いたそうな顔をして、なぁ、日本への移動願を出して見ろよ」 「……え」 「アクションを起こしてみろよ。君からも」 ……  あの言葉のお陰で、僕は日本に戻って来られた。  「カウンターにどうぞ。ホットワインと兄さんは言っていたが、カクテルの方が良さそうだな」 「いいですね」 「いいかも」 「飲みたいな」  僕たち3人は乗り気になっていた。 「じゃあ『 インペリアル・フィズ』をどうぞ」 「よかったら内容を説明してくれますか」  僕はカクテル言葉を集めているので、つい聞きたくなってしまった。 「『インペリアル・フィズ』は、ウィスキーをベースにレモンジュース、ホワイトラム、砂糖、ソーダを混ぜ合わせたカクテルで、カクテル言葉は『楽しい会話』さ」  楽しい会話! そんな意味があるものなのか。 「じゃあ……少し早いけれども、メリークリスマス!」 「乾杯!」  僕は友人作りに相変わらず不慣れだが、心を開ける友人がどんなに心の支えになるかを知っている。瑞樹くんが教えてくれた。  だから瑞樹くんからもらった縁を広げてみたいと思った。 「あの……洋くんはどこに住んでいるの?」 「俺は北鎌倉だよ」 「え? じゃあ僕と結構近いね」 「想くんは?」 「鵠沼だよ」 「確かに近いな」  最初はぎこちなかったが、徐々に軌道に乗って会話が走り出した。  カクテルのアルコール度数が高かったのか、それとも興奮して喋ったせいか、僕たちの頬はみるみる上気して赤くなっていった。 「瑞樹くん、真っ赤だね」 「想くんはほんのり桜色だね。なんだか暑いね」 「あ……洋くんは薔薇色だ」  僕たちは、赤い顔を見合わせて微笑んだ。 「ふっ、君たちは皆、初恋色さ。さぁもう一杯どうぞ。今度のカクテル言葉は『初恋』だ」  蓮さんが勧めてくれた『ネグローニ』というカクテルはカンパリ、ベルモット、ドライ・ジンを合わせたもので、透き通った赤褐色をしていた。まるで上気した肌色で、少しほろ苦くも甘い味わいだった。 「酔っ払いそうだよ」 「でも、とても美味しいね」  彼が優しく微笑めば、そよ風が吹き抜けていく。  瑞樹くんといると、やっぱり草原にいる気分になるよ。  洋くんも同じ気持ちのようで寛いだ様子だった。一人でいた時とは別人のように優しい雰囲気で素敵だ。 「なんだか眠たいね」 「……丈の奴、まだなのか。俺……昨日のせいで寝不足なのに」 「そう言われると、僕も昨日は……」  三人の欠伸も揃って、とろんと微睡んでいく。  この妙な安心感は、駿がここに迎えに来てくれるからなのか。  洋くんも瑞樹くんも、僕と同じように大切な人が迎えに来てくれる安心感を抱いているようだった。  そういえばさっきは聞き流してしまったが、洋くんを迎えに来てくれるのも男性のようだ。  そのことに今更ながら気付いて、ほっこりした。  いいね、このメンバーも、とても落ち着くよ。  ここにはクリスマスプレゼントを求めてやってきたはずだが、僕自身が新しい友人をプレゼントしてもらったようだ。  それは僕だけでなく、瑞樹くんも洋くんも感じていることのようで、僕らは眠い目を擦りながら、もう一度乾杯した。  カウンターの向こうで、蓮さんも微笑んでいる。 「メリークリスマス! 君たちの新しい縁に乾杯だ」 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** クリスマス特別編として『重なる月』の洋ともクロスオーバーしました。なかなか『重なる月』を書けなくて、洋にも暖かいクリスマスを贈ってあげたくなりました😭 洋も孤独な青年なので、瑞樹を通して想とも知り合って欲しいなという願望です。癒やされるお話になっていれば…… この後はちゃんと『初恋』らしい話に戻りますね。『重なる月』や『幸せな存在』が未読の方には申し訳ありませんでした。

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