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#4 還らぬ星に願いを

「ねえ、広夢(ひろむ)。外で星を見たい」  防音の施された作業部屋からリビングに出てきた史野(ふみや)は、そんなことを言った。  いつもどおりの気まぐれ。  今日じゃなければそう思っていただろう。 「……ふみさん。今日、テレビかネットでニュース見ました?」  対面キッチンで洗い物をしていた広夢は、思わず手を止めて訊ねた。 「ううん、見てない。広夢、どうしてそんなこと訊くの」  まったくの偶然のようだ。史野らしい、と広夢は思う。 「今日は、ペルセウス座流星群が一番よく見える日だってニュースでやってたので」 「流星群」  気だるげだった史野の瞳に光が宿り、ふわあと花開くように笑う。 「見よう。見る見る。バルコニーから見えるかなあ?」 「家の電気が明るいと見えにくいみたいですよ。電気を消してバルコニーに出てみます? それで駄目なら、浜辺に降りましょう」  連日猛暑の天気が続いているが、海風の吹くこのあたりは、夜になると気温は少し下がる。  広夢は史野をバルコニーに置いてある人工ラタンの二人掛けソファーに座らせ、その肩に夏用ストールをかけた。 「電気を消してきますので、待っててくださいね」 「うん」  キッチンに戻った広夢は、サーモボトルに冷蔵庫で冷やしてあるコーヒーを注いでから家中の電気を消しに行った。  その仕事を終えると、二人分のサーモボトルを持ってバルコニーに戻る。 「ふみさん、コーヒー飲みます?」 「んー後でいい。ねえ、流星群どこに見えるの」  ペルセウス座流星群という名称には聞き覚えがあるものの、広夢も改まって流星群の日に夜空を見上げるなんてことはしたことがなかった。空のどのあたりを見ればよいのかすらわからない。  スマホで検索して、ペルセウス座という星座があるあたりから流星が放射するということがわかった。  次の問題は、肝心のペルセウス座をどう探せばいいのかということだが、更に検索していくと、AR機能でスマホ画面と実際の夜空をリンクさせて目的の星座を見つけられるアプリが見つかった。  便利な世の中になったものだと、デジタル機器には弱いきらいのある広夢はしみじみしてしまった。  早速アプリをダウンロードし、史野と身を寄せ合って掲げたスマホの画面を覗く。 「あー、あったあった、ペルセウス座。こっち見とけばいいんだね」  スマホ画面には確かに『ペルセウス座』と表示されているが、史野が指差す実際の空に、ペルセウス座の形を見出すことは出来なさそうだった。  広夢はスマホをズボンのポケットに入れると、そっと史野の腰に腕を回した。 「月明かりがあるので、少し見えにくいかもしれませんね」  史野の頭がこてんと広夢の肩に乗って、恋人繋ぎで手を握られる。  史野の方から、こうして当たり前にスキンシップをしてくれるようになったことが、広夢にとっては何よりの幸せだった。 「流れ星見たいから、待つよ。……ずーっと待てるからね、おれ」 「……はい」  広夢は嫌というほどに知っている。  史野はずっと待ち続けているから。  ――たとえそれが、二度と現世に還らぬ人だと解っていても。  時計をきちんと見ていたわけではないから体感ではあるが、寄り添い待つこと十五分くらいで、最初の流れ星を史野が見つけた。  史野が指差す方向をすぐに見たけれど、広夢には見つけられなかった。  それからすぐ、今度は広夢が流れ星を見つけたが、史野は見逃してしまったという。 「思ったより一瞬で消えるねー」 「そうですね。……確か、流れ星が流れている間に三回願い事を唱えられれば叶うんでしたっけ。到底無理そうですね」 「無理だねえ」  史野は淋しげに笑みを零した。 「そういえば。子どもの頃、死んだ人は星になるって絵本で読んだ気がする」 「……よく、そう表現されますよね」  心がズキリと痛むのを隠して、広夢が応えを返す。 「居るのかなあ。あの中に」  そう言って、史野が空を指差す。  広夢も指先を追って視線を動かした。  その瞬間、一際大きく明るい流星が、すうっと長い尾を引いた。  ――願い事を三回唱えられそうなほど、長く。 「広夢! 見た!?」 「み、見ました。すごく大きい流れ星でしたね……」  興奮で顔を見合わせた二人は、思わず声を出して笑ってしまった。 「静青(しずお)が流してくれたのかなあ」  自然と紡がれたその名前に、広夢は驚きを隠せずに史野を見た。 「ふみさん……」 「どうして広夢が泣きそうな顔してるの」  史野もくしゃりと表情を崩して、両手で広夢の頬をやさしく包み込んだ。 「流れ星が地球に堕ちて、静青が還ってくるならいいのにって思うよ」  歌うように流れる史野の声は、音符になって夜空へと解き放たれて、きっとあの人のもとへ届くだろう。  広夢にとっては兄同然だった静青が、史野に向けるとびきり甘い笑顔が自然と思い浮かんだ。 「……だけどね、広夢」  史野の、色素の薄いグレーの瞳。  そこに映っているのは、思い出の中の静青ではない。  まぎれもなく、今目の前に居る広夢だった。 「それと同じくらい、おれは広夢と一緒に、これからも流れ星を探し続けたいって思ってるよ」 「ふみ、さ……」  世界で一番愛おしい人の名前を紡ごうとした広夢の唇に、史野の唇が重なった。  抱きしめ合いキスを交わす二人の頭上で、寄り添うふたつの流星が静かに流れた。 ーーーーーーーーーー 嶽本(たけもと)広夢×(いちい)史野 一途尽くし攻め×浮世離れ受け。 年下攻め。 作中に出てくる静青(故人)は史野の元恋人で、広夢も含めて幼馴染という設定です。

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