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第8話
理音は、ずっと俺にくっついていた。物理的にというか、まるで金魚のフンのように。(実際陰ではそう言われていたようだ)
小学生の遠足のときも、クラスが違っていようが構わず、毎年俺と一緒にお弁当を食べた。そして必ずこう言うんだ。
『俺がいっしょじゃないとコーヘイがさみしいだろ?』
『え、ふつうだけど』
『さみしーって言えよ、ばか!』
くっついているのはあくまで俺のため、らしかった。俺も別に嫌じゃないし、むしろ嬉しかったから何も言わなかった。
中学にあがり、俺がバレー部に勧誘されて入部した時も、理音は運動が苦手なくせにやはりバレー部に入ってきた。勿論くっついて入ったなんてことは一言も言わないが。
『ぐ、偶然だな!俺もバレーに興味あったんだよ、昨日テレビでかーちゃんが見ててさ!』
『昨日やってたのサッカーだったぞ』
『うるせぇ!!バレーもやってたんだよ!!』
『何チャンネルだよ』
『知るか―!!』
それから、高校受験のときも。
俺が受けると言った近所の高校を、理音も受けると言ったときは正直びっくりした。理音はまぁ…勉強も苦手だったから。でもそれを聞いて嬉しいと思う反面、正直困った。
俺は、既に理音を恋愛対象として見ていたから。自分の気持ちに気付いたのは小学校の高学年の時だったろうか。
『犬塚って、好きなやついる?』
『は?』
修学旅行の夜、好きな女子の話で盛り上がったが、俺はどうも興味がわかずつまらなかった。なので次々と女子の名前をあげるクラスメイトに、どうしてその子が好きなのか理由を聞いたら、全員が『顔が可愛いからだよ!』と言った。
俺が一番可愛いと思ってるのは理音だ。理音より可愛い女子なんていない。
じゃあ俺は理音が好きなのか。…うん、好きだ。
でも、こんなのはおかしい。俺は変だ。幼なじみで男の理音に、こんな気持ちを抱くなんて。
『コーヘイ、…昂平』
綺麗な理音を、この手で汚してやりたい、と思うなんて。
『昂平、宿題教えろよぉー』
誤魔化さないといけない。
忘れないといけない。
理音に気付かれる前に。
『昂平、遊びに行こうぜ!』
理音も俺のことが好きだと思う。でもその『好き』は、きっと俺とは違う『好き』だ。
例えば家族として。
幼なじみとして。
親友として。
『昂平、なんかだんだん仏頂面になってきたよなぁ』
この気持ちは、理音に対する裏切りだ。理音は、俺がこんな気持ちを抱いてると知ったらきっと泣くだろう。いや、むしろ怒るだろうか。それだけならいい。
きっと理音は、俺から離れていく。
それだけは嫌だ。理音に嫌われるなんて、絶対に耐えられない。
だから俺は、戻らないといけない。ただの幼なじみだった、あの頃に。
……あの頃っていつだ?
俺は最初から、ガキの頃から理音を恋愛対象として見ていたじゃないか。
戻れる過去なんてないんだ。だから、高校では離れて忘れようと思っていたのに。
理音は、俺の志望校に合格を決めた。
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