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第66話
理音に会ったらまず、『好きだ』って言おうと思ってたのに。なんだ、この状況は。
まるで、逃避行みたいじゃないか。
「ハアッハァッ……昂平、も、だいじょ……っ」
「あいつ、追ってきてないか…っ!?」
言葉にならず、理音はこくこくと首を縦に振った。部活のロードワークで長距離走ることに慣れてるとはいえ、通学用のローファーを履いている俺と、撮影用の靴を履いている理音。
おまけにジャージですらない。失う体力は、いつもの部活の倍以上だった。
俺より体力のない理音は、今にも倒れこみそうだった。俺はそんな理音の手をしっかりと繋いで、前に倒れないように支える。
俺が逃げ出した方向は、若者が多い繁華街だった。
制服を着た馬鹿でかい男と、とても一般人には着こなせないようなオシャレな服をまとった綺麗な男が全速力で走ってたら、そりゃあ目立つってもんじゃない。
しかも理音は、女性誌に載ってブレイクしたから主に女性に有名なモデルだ。
「ねぇアレRIONじゃない!?」
「えー本物!?めっちゃカッコイイ!!」
「ていうか男同士で手ぇ繋いでるんだけど!相手誰だろ!?ちょっとかっこよくない!?」
「まさかRIONってそっち系だったの!?」
「いやーん似合いすぎィィ!!」
手を繋いでることに関してはあまり辛辣な声は聞こえなかったが。
でもいくら好意的に見られようと、俺達はそんな言葉に一喜一憂してる余裕はなかった。今はただ、理音が望んだ通りに、あのマネージャーから逃げることだけを考えてた。
「理音、こっち!」
人ごみを走り抜けて、ビルとビルの間の誰もこないような辺鄙な路地裏を見つけたので、俺はそこに理音を引っ張りこんだ。
街頭も殆どないから、もうすぐ日が沈んだらほとんど暗闇になってしまいそうな場所だ。
少しカビ臭くて、そこにいた野良猫だけが俺達を見ていた。
「理音、何があったんだ…制服とかカバンとかスタジオに置きっぱなしじゃないのか?」
「………」
「理音?」
理音は何も言わない。
まだ息が整ってないみたいだ。でも、右手はしっかりと俺の制服の裾を掴んでいて。
「理音、あのマネージャーに何か…」
「……黙れ」
「は?」
「黙れよ……」
いつの間にか、俺は理音の正面に向かされていた。俺の裾を掴んでいた理音の手は、俺の制服の襟元を掴んでいて。そのまま、グイっと引っ張られた。
俺より、頭一つ分小さい理音を見降ろす形で、綺麗な理音の顔が視界いっぱいに広がる。
寝てる時以外で、こんなに近づいたことなんてない。ふに、と唇に柔らかな感触がした。
理音にキス……された。
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