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第106話
斎藤氏の車中で、俺は少し後悔していた。
控室に千歳がいたから言いだせなかったが、今日こそは理音を家に誘うつもりだったのに。スタジオでは邪魔されるし、今は斎藤氏がいるし、完全にタイミングを逃してしまった。
「昂平くん、疲れたでしょー、体力がっていうか、気疲れ?」
運転をしている斎藤氏が、俺に話しかけた。
「そうですね。でも、貴重な体験をさせていただいて感謝してます。千歳さんとも友達になれたし、部活サボって行った価値はありました」
「あはは!素直だねぇ。……RIONはやけに静かだけど、寝てるの?」
俺の隣に座る理音をちらっと見ると、理音はまだ不機嫌な顔をしていた。ぶすっとしていて、両手を胸で組んで外の景色を見ている。
理音はそのまま目線は変えずに、齋藤氏へ返事した。
「起きてますよ。……昂平が来たせいで俺も妙に緊張しちゃって、疲れたんです」
「色々悪かったな。俺のせいでRIONのイメージまで壊してしまって」
俺もRIONがクールなキャラクターで売ってるのは知っていたが(というかモデルにキャラ付けって必要か?)雑誌に載るのは動画じゃないからいいか、と軽く考えていた部分があった。
それと、あの場所では俺しか知らない理音の素の部分を、少し周囲に見せびらかしたかったというか、自慢したかったというか。
もちろん、バレー部員やクラスメイトは素の理音を知ってるんだけど。
今日スタジオのトイレで、いきなり理音に嫉妬発言――可愛いすぎることを言われたせいで、俺はいつになく浮かれていたのかもしれない。いや、浮かれていた。それは事実だ。
「それは結果オーライというやつだよ、昂平くん。RIONの素の部分が見れて、今日スタッフは全員嬉しかったと思うよー。勿論、僕もね。RIONは紙面ではミステリアスでクールなキャラだけど、現場ではとっても礼儀正しいイイ子でねぇ……優等生っていうか、仕事はきちんとしてくれるけど、真面目すぎて少しとっつきにくいっていうかね。色々ストレス抱えてないかな?って時々心配になってたんだ」
「……」
理音は黙って聞いている。
「マナミちゃんとのトラブルもあったし、ストレス抱えたら逃げて病んじゃうくらい繊細かもしれないってね。まあ、今日の昂平くんとのやりとりを見て、あれ?実はそうでもない?ってなったけど」
斎藤氏があははと笑うと、理音は子どものようにほっぺを膨らませて拗ねた。
「何で俺、そんなマイナスなイメージばっかりなんですか。ただ人見知りなだけなのに。つうか繊細は繊細ですからね?そこは否定しなくっていいですから!」
「自分で繊細とか言うなよ」
「うるせぇな昂平」
「くっくっく……ほんとに仲良しだねぇ君たち。えーっと、昂平くんの家はこの辺でいいのかな?」
気がつけば、もう家の近所の住宅街に入っていた。俺が説明しようとすると、代わりに理音が言った。
「あの、前に俺が途中で降ろしてもらったところでお願いします。あれ、昂平んちの前なんです。ついでに俺も今日は一緒に降りるんで、そこまででいいです」
「あ、そうなのー?二人で今日の反省会?」
「そんなところですかね」
え、理音?俺の家の前で一緒に降りるのか!?と、いうことは、もしかして……
もしかして!?!?
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