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第3話 豊穣の祭②

 ゴォンゴォンと銅鑼の音が響き渡る。新たな香ばしさが街道に漂い始めた。  蒸したての饅頭を蒸籠(せいろ)に詰めたふくよかな商人が声を上げれば、すぐ黒山の人だかりができた。   「(ちゅう)さんとこのは美味えんだよなぁ」  ホクホク顔の客が手を()る。 「蘇芳―……」  主が上目遣いにこちらを見つめてきた。 「食べたいのですか?」  問えばにこっと猫のように目を細め、小首をかしげる。 「並んで参りますので、皆とここでお待ちください」   では。と踵を返した瞬間、 「ありがとう! 蘇芳大好き」  だいぶん、罪な謝辞が追ってきた。  「……」   帰ったら王宮が爆発でもして、身分制度が吹っ飛べばいいのに。そうしたら力づくでも口説くのに。と思った。  だいたい主が可愛すぎるのがいけない。   あんな姿で側に入られたら気になるなという方が無茶だ。  あまつさえあんな目でおねだりをされた日には、ついホイホイと何でも買ってしまう。  前に王宮隊の隊長から「あまり王太子を甘やかすな」と言われ「はい」と答えたが、蘇芳はできる気が一切しなかった。  さしあたり饅頭の良い香りに気を向ける。  中身は潰した豚肉だろうか? これは自分も食べたいから、すると全部で五つだな。   だがこのいきおいでねだられ続けたら、帰る頃には財布がちょっと……。見栄を張らずに王宮の資金を使うのだった。しかし今更。  など並びながらごちゃごちゃ考えていたのが運の尽きだった。 「蘇芳様、蘇芳様っ!」   慣れた声に振り向くと、女官たちが青ざめて震えていた。素早く辺りを見回す。主の姿がない。  「どうした、ひい様はどこだ」 「そ、それが、饅頭に集まった人の波に飲まれて」 「気づいたらどこにも……」 「なに?」  「も、申し訳ありません」  しまった、自分の落ち度だと猛省する。目の前が真っ暗になった。 「探してくるゆえ、お前たちは道の端で待っておれ!」 「は、はいっ!」  蘇芳は目前の人々を強引にかき分け、客でごった返す街道に駆け出した。

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