3 / 75
第3話 豊穣の祭②
ゴォンゴォンと銅鑼の音が響き渡る。新たな香ばしさが街道に漂い始めた。
蒸したての饅頭を蒸籠 に詰めたふくよかな商人が声を上げれば、すぐ黒山の人だかりができた。
「沖 さんとこのは美味えんだよなぁ」
ホクホク顔の客が手を摺 る。
「蘇芳―……」
主が上目遣いにこちらを見つめてきた。
「食べたいのですか?」
問えばにこっと猫のように目を細め、小首をかしげる。
「並んで参りますので、皆とここでお待ちください」
では。と踵を返した瞬間、
「ありがとう! 蘇芳大好き」
だいぶん、罪な謝辞が追ってきた。
「……」
帰ったら王宮が爆発でもして、身分制度が吹っ飛べばいいのに。そうしたら力づくでも口説くのに。と思った。
だいたい主が可愛すぎるのがいけない。
あんな姿で側に入られたら気になるなという方が無茶だ。
あまつさえあんな目でおねだりをされた日には、ついホイホイと何でも買ってしまう。
前に王宮隊の隊長から「あまり王太子を甘やかすな」と言われ「はい」と答えたが、蘇芳はできる気が一切しなかった。
さしあたり饅頭の良い香りに気を向ける。
中身は潰した豚肉だろうか? これは自分も食べたいから、すると全部で五つだな。
だがこのいきおいでねだられ続けたら、帰る頃には財布がちょっと……。見栄を張らずに王宮の資金を使うのだった。しかし今更。
など並びながらごちゃごちゃ考えていたのが運の尽きだった。
「蘇芳様、蘇芳様っ!」
慣れた声に振り向くと、女官たちが青ざめて震えていた。素早く辺りを見回す。主の姿がない。
「どうした、ひい様はどこだ」
「そ、それが、饅頭に集まった人の波に飲まれて」
「気づいたらどこにも……」
「なに?」
「も、申し訳ありません」
しまった、自分の落ち度だと猛省する。目の前が真っ暗になった。
「探してくるゆえ、お前たちは道の端で待っておれ!」
「は、はいっ!」
蘇芳は目前の人々を強引にかき分け、客でごった返す街道に駆け出した。
ともだちにシェアしよう!