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第6話 傷跡
広く深い後宮の最も安全な奥の間に、王太子儚那の寝所はある。その寝台の上で儚那が夢とうつつの境を行き来していると、寝所の堅牢な扉をノックする音がした。
「はい」
女官の木蘭が返事をする。
「私だ」
声は蘇芳のものだった。
「ひい様のご様子はどうだ」
「やっと寝入られたところです。でも、ずっとうなされてらっしゃるの……」
長身の春麗が立膝になって、儚那の額の当て布を換えた。
「そうか」
空色の上質な絹に覆われた寝台に近づいた蘇芳が、儚那の顔を覗き込んだ。涙に濡れた瞳をうっすらと開けて見つめ返すと、蘇芳はつらそうに眉を寄せた。
不気味な男が去ったあと、儚那は泣きじゃくりながら蘇芳に横抱きにされ女官と共に後宮に戻った。
どうにか命までは取られず、泣きながら蘇芳に「湯浴みをしたい」と訴えると、蘇芳は青くなった。
なにか湯浴みをしなければ済まないようなことをされたのですか。そう問いたげな視線から顔を逸らした。
「蘇芳様、それでその賊はどんな様子だったのです?」
「そうだな。私より少し年上か、体格の良い若い男で……こちらを小馬鹿にしたようにニヤついた顔をして。くそ、私の落ち度だ。やはりこんな日に外出させるのではなかった……」
王宮内には主の存在を苦々しく思う王弟一派が今なお存在する。あの葦原で出会った奇妙な男が政争に関係しているとはさすがに考えにくいが、警戒は必要だ。
「あの男は危険だ。取り巻く雰囲気が普通ではなかった。私の武人の勘がそういっている」
「でも医女長様は、乱暴はされていないとおっしゃったのでしょう?」
率直な紅玉が核心をつく。
長い湯浴みのあと、儚那の事情をよく知る後宮の医女長に隅々まで入念に体を調べられた。その結果、傷や狼藉をされた痕跡はなしと診断されたのだ。
「だといいのだが……」
なおも物言いたげな視線から逃れるように、儚那は瞳を閉じた。
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