7 / 75

第7話 傷跡と口づけ①

 儚那が浅い眠りから目覚めたのは、翌日の黄昏近くのことだった。  三人の女官がかわるがわるに声をかけられ、食べ物を用意されたが、儚那は虚ろに下を向いた。寝台の上から離れず、運ばれた食事に手をつけられなかった。  翌朝には蘇芳が来て、茶を運んでくれた。  儚那は薄紅色の薄い寝巻き着に身を包み、寝台の上でうつむいていた。他には誰の姿もない。 「胃の腑に良いと聞く茶です。いかがです、一口だけでも」  儚那は下を向いたまま、わずかに首を横に振った。 「何も召し上がらないでは、日干しになってしまいますぞ?」  揶揄するように促されたが、飲む気にならない。儚那は絹の掛布を握りしめた。 「無理にでもどうか、ひい様」  青磁の茶碗を近づける。儚那は観念して口を付けようと頑張ったが、次の瞬間うっとうめいて顔を背けた。 「ぐっ、ぅ……」  胃の中のものが迫り上がる不快さに、口を押さえて何度もえずく。 「ひい様? 茶の匂いがお嫌でしたか? 大丈夫でございますか」 「う……」  儚那は口を押さえて泣き出し、がたがたと身体を震わせた。 「ひい様、いいかげんにお話し下さいませ。いったいあの男に何をされたのです。上には報告致しませぬゆえ、私にはお打ち明け下さいませ!」  肩をつかんでやや強引に問い詰められる。儚那は震えながらもやっと小さく唇を開き、 「……く、くち……を」 「くち?」  「口の、中に、し、舌を、何度も……っ」  それだけをいうとまた口を押さえた。  それでおおよその仔細を知ったのか、蘇芳は怒ったようにギッと奥歯を噛んだ。   「……なんという下衆の振る舞いか! それでひい様は物を飲めなくなるほどお辛くなったのか。許せぬ。叶うことなら今すぐ馬を引き、あの男を見つけて顔の形が変わるほどぶちのめしてやりたい! だが今すぐそれはできない……ならば何とする」 「す、蘇芳──」 「それは、具体的にどのようにされたのです」 「え?」 「こうですか」 「え……?」  ふわっ、と花弁で唇を塞ぐように、そっと唇を押し当てられた。 「ひい様」  「なっ、なんっ……」 「このようになってしまったのは全て私の責任でございます。あの男の狼藉を私にお教え下さい。私がひとつずつ上書きをして、忘れさせて差し上げますゆえ」   儚那の目がこれ以上はないほど大きく見開いた。両頬が熱くなっていく。   「好きでもない相手ではお嫌でしょうが、他に方法が思いつきません。宜しいか」 「す、……」  「宜しいか?」 「よ、く、分からない、けれど、蘇芳がそういうのなら、正しいことなの……?」 「正しいかどうかと問われると、私にも分かりかねます」 「えっ、あっ」  儚那の返事が追いつく間もなく、ふたたび柔らかな唇に唇を塞がれた。

ともだちにシェアしよう!