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第9話 傷跡と口づけ③
「次はどのように?」
こちらの気持ちなどお構いなしに、蘇芳は平然と畳み掛けてくる。
「そ、その……強く」
「強く、なんです?」
「吸われて……口を」
「そうですか」
頷くなり、躊躇なく間合いを詰めてくるので思わず腰が引けた。
ぎゅっと目をつむる。口づけの瞬間は優しかったが、指示通りの所作で強く吸われると体が戦いた。
「あ、のっ……」
思わず硬い胸板を押して蘇芳から遠ざかる。
「あ、その……あ、あの人が、甘いと言っていたのだけれど……本当に私の口の中は、甘いの?」
「……」
しばし首をひねり思案顔をした蘇芳は、やがて大まじめに、
「甘いですね」
と言った。
「Ωゆえでしょうか。何しろ数万人に一人といわれる希少種ですから、情報が少な過ぎるのです」
「そう……」
「調べておきましょう。他には何をされましたか」
「そ、う、手首を、つかまれて……」
あの節の張った大きな手を思い出して右手を見つめていると、横から伸びてきた蘇芳の掌に手首をくっと掴まれた。
「こうですか」
「もっと強く……」
「こうですか?」
すると予想より遥かに強い力でぎゅっと握られ、
「いっ……!」
痛みについ顔をしかめた。
「あっ、すみません」
パッと緩められた手の内から、右手を引っ込めて胸元に隠す。
「他には何を?」
矢継ぎ早に聞かれても心が追いつかない。焦ってさらに混乱が増した。
「あ、あし、を……」
「足?」
「触れられて、この辺り……」
おそるおそる太ももに指を差す。
寝台がギシリと音を立てた。
ずい、と伸びてきた指が儚那の寝巻きの裾を割り、白い肌をじかに触れてきた。
「他には」
容赦がない。そしてその先は正直、明かしたくはなかった。
「その……ど、どうしても全部、言わなきゃだめなの……?」
「そうでなければやる意味がありません」
口調こそ優しいが、許される気配はなかった。
「こ……この辺りも……」
蘇芳の顔は見ないようにして、脚の付け根の奥を指差す。
するとさすがの蘇芳も思うところがあったのか、急に動きを止めると、一点を見つめて石のように固まった。
「こんなところを……? 触れられたのですか? 本当に!?」
儚那は真っ赤になってうつむいた。
蘇芳もにわかに下を向くと、官服の裾を握りしめた。わなわなと肩を震わせ、何やら独りごとを言い始める。
「蘇芳?」
「…………コロス…………」
「えっ?」
「あっいや、何でもありません。では少々、失礼致します」
そろりと伸びてきた手が太ももを辿り、脚の付け根の奥のところを的確に触れた。
その指があと少しでも横にそれていたら、今度こそ悲鳴を上げるところだった。
「これで全部ですか?」
「は、──はい……」
「宜しい。さぞやお疲れになったことでしょう。後はどうぞ、お休み下さい」
「は、……」
ようやく緊張の糸が切れて、全身の力が抜けた。
冷や汗が背中をつたい落ちていく。
確かに、とても疲れていた。
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