9 / 75

第9話 傷跡と口づけ③

「次はどのように?」  こちらの気持ちなどお構いなしに、蘇芳は平然と畳み掛けてくる。 「そ、その……強く」  「強く、なんです?」 「吸われて……口を」  「そうですか」  頷くなり、躊躇なく間合いを詰めてくるので思わず腰が引けた。    ぎゅっと目をつむる。口づけの瞬間は優しかったが、指示通りの所作で強く吸われると体が戦いた。 「あ、のっ……」    思わず硬い胸板を押して蘇芳から遠ざかる。   「あ、その……あ、あの人が、甘いと言っていたのだけれど……本当に私の口の中は、甘いの?」   「……」    しばし首をひねり思案顔をした蘇芳は、やがて大まじめに、 「甘いですね」  と言った。 「Ωゆえでしょうか。何しろ数万人に一人といわれる希少種ですから、情報が少な過ぎるのです」   「そう……」 「調べておきましょう。他には何をされましたか」  「そ、う、手首を、つかまれて……」  あの節の張った大きな手を思い出して右手を見つめていると、横から伸びてきた蘇芳の掌に手首をくっと掴まれた。   「こうですか」 「もっと強く……」 「こうですか?」    すると予想より遥かに強い力でぎゅっと握られ、 「いっ……!」  痛みについ顔をしかめた。  「あっ、すみません」  パッと緩められた手の内から、右手を引っ込めて胸元に隠す。 「他には何を?」  矢継ぎ早に聞かれても心が追いつかない。焦ってさらに混乱が増した。    「あ、あし、を……」  「足?」 「触れられて、この辺り……」  おそるおそる太ももに指を差す。  寝台がギシリと音を立てた。  ずい、と伸びてきた指が儚那の寝巻きの裾を割り、白い肌をじかに触れてきた。 「他には」  容赦がない。そしてその先は正直、明かしたくはなかった。 「その……ど、どうしても全部、言わなきゃだめなの……?」 「そうでなければやる意味がありません」       口調こそ優しいが、許される気配はなかった。 「こ……この辺りも……」     蘇芳の顔は見ないようにして、脚の付け根の奥を指差す。  するとさすがの蘇芳も思うところがあったのか、急に動きを止めると、一点を見つめて石のように固まった。    「こんなところを……? 触れられたのですか? 本当に!?」  儚那は真っ赤になってうつむいた。      蘇芳もにわかに下を向くと、官服の裾を握りしめた。わなわなと肩を震わせ、何やら独りごとを言い始める。 「蘇芳?」 「…………コロス…………」   「えっ?」 「あっいや、何でもありません。では少々、失礼致します」     そろりと伸びてきた手が太ももを辿り、脚の付け根の奥のところを的確に触れた。  その指があと少しでも横にそれていたら、今度こそ悲鳴を上げるところだった。 「これで全部ですか?」 「は、──はい……」 「宜しい。さぞやお疲れになったことでしょう。後はどうぞ、お休み下さい」 「は、……」  ようやく緊張の糸が切れて、全身の力が抜けた。  冷や汗が背中をつたい落ちていく。  確かに、とても疲れていた。

ともだちにシェアしよう!