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第10話 後宮の噂

**  同じ日の午後。  朝の軍議に出席したのち兵士らと昼食を摂った蘇芳は、後宮の自室に戻り軍議の内容を木簡にまとめていた。  建国八〇〇年を誇る月虹国は、島国ゆえに外国から狙われにくく比較的治安が良い。  しかし時々は地方の内乱が起こる。    近ごろは南方の古い民族が、地方を治める国史に楯突きちょっとした戦に発展した。その後処理と、王都においては先日の祭りに生じた暴動事件の報告、そしてもちろん王太子の身に危険が及んだ事件などが議題に上がった。  最もゆゆしき王弟一派の問題に関しては、その一派が兵士の中に間者として紛れ込んでいる懸念もあって公に議論することはできなかった。      それはそうとして。  差し当たり、いま目の前にいる呑気な女たちをどうしたものかと蘇芳は机から顔を上げた。 「ねえ蘇芳様ぁ、今朝はいったいどんな魔法をかけたの?」 「ひい様がお昼ご飯をすっかり召し上がられたのよ!」 「あんなに頑なだったのにどうして? 教えて下さいよぉ〜」  紅玉、木蘭、春麗がかわるがわるに立ち上がる。    「どうでもいいがお前たち、なんで私の部屋にいるんだ」 「ええ? だってぇ〜」 「ここ居心地がいいっていうか?」 「ホラ、あたしたちのとこは三人部屋じゃないですかぁ。服やらなんやらたくさんあって、落ち着かないんですよぉ」  話しながらボリボリと菓子を食い散らかす。   整然とした部屋の床に細かなカスが降り積もっていく。 「片付ければいいだろう」   蘇芳は辟易として頭をかいた。 「いいじゃないですか、ケチ」 「ひい様が食べられるようになったわけを聞くまでは帰りません!」  などギャーギャーうるさくて敵わない。  まあこいつらになら、明かしておいても良いかとばかり、ため息をついた蘇芳は早く帰ってほしいばかりに率直に経緯を話し始めた。  わくわくと身を乗り出していた女官たちだったが、しだいに表情が歪み始めて菓子を持つ手が止まった。互いに身を寄せ合うと、赤くなり青くなりながら手を握り合う。   「ちょっ……と、そんなことしたんですか?」 「信じられない」 「蘇芳様のえっちっ……」     静まり返る女官たちには目もくれず、蘇芳はサラサラと木簡に筆を走らせる。 「なんとでも言え。結果食べられるようになったのならばそれでいい。私の務めは、ただひい様がお元気に過ごされるようお守りすること」 「だからといったって、ねぇ……」 「ひい様が教えてくれないわけだわ……」 「職権濫用……」  異質なものを見る目で見られているのに気づきもせずに、今後の軍事強化についての考えを巡らせた。  王太子の身に起きたこの一連の顛末は、口さがない女たちによって後宮中の暇な女官たちの興味を集め、しばらくの間、かっこうの噂話になったという。

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