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第14話 詰問

 ひゅうっと喉が詰まりかける。全身から嫌な汗が噴き出した。 「……やっっと見つけた、ひい様!」  が聞き慣れた怒声に心臓が跳ねた。  暗がりでよくは見えないが、多分こめかみに青筋を立てているはずの蘇芳が「めっ!」と言わんばかりに腰に手を当てていた。 「木蘭からひい様がいなくなったと聞いて、まさかと思ってきてみればっ。有事の隠し通路を使ってまで、一体なんの目的でこのようなところにお出になったのです!」 「や、それは、そ……」 「いやいい、まずは帰りますよ。話はそれからです」        むんずと手を引かれ歩き出したが、足の皮が裂けたところに草が当たって痛んで仕方ない。 「裸足ではありませんか。どうして、まさか拐われて!?」 「では、ないのだけど……」  無意識のうちここまで来たなどと、どうやって説明したものか。 「まあそれも、帰ってから聞くとします」  そら、と付け加えると背中を向けてしゃがみ込んだ。負ぶされというのだろう。 「……ありがとう」  素直に従い手を伸ばした。この背中に負ぶさるなんて何年ぶりだろうか。そっと体を預けると、官服の上からでは分からない筋肉の連なりが手から伝わり、どきりとした。  初めて蘇芳に会ったのは、もう八年も前になる。それまで宮女にばかり囲まれていたから、初めは無愛想で冷たそうな男の子が来たなあ、と遠巻きに見ていた。    けれど離宮の庭で転んで泣いていたとき「どうなされた」と大人みたいな口調で話しかけて来て、くじいた足と、折れた花を交互に見ると「そら」と言って背中を貸された。   儚那は折れた花を握ってその背に負ぶさった。それから一気に心が近づいた。  八年でこうまで体が変わるものだろうか。  どっしりとした心地よい背に揺られていると、安心して瞼が重くなる。 「軽いですね。また痩せられたのでは? 朝餉夕餉をもう少しちゃんと召し上がらなければ」 「うっ……」     ちゃんと飯を食え。別な声が脳裏に響き、  「すっ、蘇芳まで、そんなこと言わないでえっ!」  無性に恥ずかしくなって、「はあ?」と不思議そうにする広い背中に顔を突っ伏した。 ** 「────さて。」        自室の寝台にすぽんと入れられてから、仁王立ちで圧をかけられる。  蘇芳の手には隠し通路の鍵がきっちりとぶら下がっていた。 「通路に落ちていた物です。これは一体、どういうことですかッ!」  ジャラン、と音を立てて鍵を目の前に見せつける。持っている腕が怒りで震えている。    「スッ、スミマッ、セン……」 「え? なんですか? 事と次第によっちゃあタダじゃ済ましませんよ。皆が熱を出されたひい様の心配をしていたというのに、いいですかっ? あの通路は火急の際に御身を守るためにあるのです。私情でほいほい開けられては困る!」 「ぞ、存ジテオリマス……」 「ならば納得できる言い訳を! はよう! せい!!」    ジャラン、とまた鍵をかざす。  蘇芳の敬語が飛ぶときは本当に怒っているときだ。  儚那は冷や汗をかきかき、一応の説明を試みた。 「なに? 自分でも分からぬうちにあそこにいた? そんな子供じみた言い訳が通用すると思って……」    ハーッと腕組みしながら見下ろしてくる。 「だって本当なんだもの! あ、赤い月を見ていたら、あの人を思い出して、気がついたら葦原にいて。そうしたら、あの人がいて……」 「あの人? 誰です」 「ええと……」 「なんですか、葦原に可愛い売春婦でもいたんですか」   「ばっ!?」  鵺のことを言うのはためらわれた。が、言わなければ言わないで別の容疑をかけられそうだ。儚那は観念して、洗いざらい白状することに決めた。  一部始終を聞き終えた蘇芳は、しばし放心したように、 「蘇芳?」 「──そういうことか」  よろ、と頭を抱えると、しゃがみ込んで下を向いた。

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