14 / 75
第14話 詰問
ひゅうっと喉が詰まりかける。全身から嫌な汗が噴き出した。
「……やっっと見つけた、ひい様!」
が聞き慣れた怒声に心臓が跳ねた。
暗がりでよくは見えないが、多分こめかみに青筋を立てているはずの蘇芳が「めっ!」と言わんばかりに腰に手を当てていた。
「木蘭からひい様がいなくなったと聞いて、まさかと思ってきてみればっ。有事の隠し通路を使ってまで、一体なんの目的でこのようなところにお出になったのです!」
「や、それは、そ……」
「いやいい、まずは帰りますよ。話はそれからです」
むんずと手を引かれ歩き出したが、足の皮が裂けたところに草が当たって痛んで仕方ない。
「裸足ではありませんか。どうして、まさか拐われて!?」
「では、ないのだけど……」
無意識のうちここまで来たなどと、どうやって説明したものか。
「まあそれも、帰ってから聞くとします」
そら、と付け加えると背中を向けてしゃがみ込んだ。負ぶされというのだろう。
「……ありがとう」
素直に従い手を伸ばした。この背中に負ぶさるなんて何年ぶりだろうか。そっと体を預けると、官服の上からでは分からない筋肉の連なりが手から伝わり、どきりとした。
初めて蘇芳に会ったのは、もう八年も前になる。それまで宮女にばかり囲まれていたから、初めは無愛想で冷たそうな男の子が来たなあ、と遠巻きに見ていた。
けれど離宮の庭で転んで泣いていたとき「どうなされた」と大人みたいな口調で話しかけて来て、くじいた足と、折れた花を交互に見ると「そら」と言って背中を貸された。
儚那は折れた花を握ってその背に負ぶさった。それから一気に心が近づいた。
八年でこうまで体が変わるものだろうか。
どっしりとした心地よい背に揺られていると、安心して瞼が重くなる。
「軽いですね。また痩せられたのでは? 朝餉夕餉をもう少しちゃんと召し上がらなければ」
「うっ……」
ちゃんと飯を食え。別な声が脳裏に響き、
「すっ、蘇芳まで、そんなこと言わないでえっ!」
無性に恥ずかしくなって、「はあ?」と不思議そうにする広い背中に顔を突っ伏した。
**
「────さて。」
自室の寝台にすぽんと入れられてから、仁王立ちで圧をかけられる。
蘇芳の手には隠し通路の鍵がきっちりとぶら下がっていた。
「通路に落ちていた物です。これは一体、どういうことですかッ!」
ジャラン、と音を立てて鍵を目の前に見せつける。持っている腕が怒りで震えている。
「スッ、スミマッ、セン……」
「え? なんですか? 事と次第によっちゃあタダじゃ済ましませんよ。皆が熱を出されたひい様の心配をしていたというのに、いいですかっ? あの通路は火急の際に御身を守るためにあるのです。私情でほいほい開けられては困る!」
「ぞ、存ジテオリマス……」
「ならば納得できる言い訳を! はよう! せい!!」
ジャラン、とまた鍵をかざす。
蘇芳の敬語が飛ぶときは本当に怒っているときだ。
儚那は冷や汗をかきかき、一応の説明を試みた。
「なに? 自分でも分からぬうちにあそこにいた? そんな子供じみた言い訳が通用すると思って……」
ハーッと腕組みしながら見下ろしてくる。
「だって本当なんだもの! あ、赤い月を見ていたら、あの人を思い出して、気がついたら葦原にいて。そうしたら、あの人がいて……」
「あの人? 誰です」
「ええと……」
「なんですか、葦原に可愛い売春婦でもいたんですか」
「ばっ!?」
鵺のことを言うのはためらわれた。が、言わなければ言わないで別の容疑をかけられそうだ。儚那は観念して、洗いざらい白状することに決めた。
一部始終を聞き終えた蘇芳は、しばし放心したように、
「蘇芳?」
「──そういうことか」
よろ、と頭を抱えると、しゃがみ込んで下を向いた。
ともだちにシェアしよう!