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(R18)第16話 懊悩と解放

「……そんなに苦しいのですか?」  否、苦しいのとは少し違った。    あとひと触れで弾け飛ぶ果実を、そうと知りながらじっと静観されるようなじれったさ。強烈な渇きを、ひとりで治めるすべを儚那は知らなかった。    蘇芳は何かを悟ったように顎をさすった。 「確かに何も教えてこなかった私の責任ではあるが……しかし私のひい様に、汚濁にまみれたくだらぬ俗事などカケラも教えたくもなかったしだいたい私の目が黒いうちはαなどという鉄面皮どもなど一人も近づけまいと思っていたのに、くっ! あの男は六親眷属(ろくしんけんぞく)まで炙り出して嫌というほど鞭を喰らわしてやろうか……」  など儚那にはよく分からないことを早口でまくし立てると、悔しそうにため息をついた。  それからにわかに官服の留め具を外して、腕を抜き床にばさりと放った。うしろ髪をひとつにくくって寝台の脇に眼鏡を置いた。   「蘇芳?」  白い衣を身につける襟の合わせ目から発達した筋肉が透けて見えた。   「──少し酒をいただいても宜しいか」 「えっ」 「素面(しらふ)ではとても」 「う、うん……?」    蘇芳は壁付の棚を開けると華美な酒壺を手に取った。儚那には強すぎて壁のお飾りにすぎない蒸留酒を、杯になみなみと注いでくっと一息に飲み干した。    わあすごい。口に出さずに見ていると、 「それから、ひとつ条件があります」 「じょ、じょうけん?」 「そう」  蘇芳は儚那の帯紐をしゅるりと解くと、その帯で儚那に目隠しをした。 「いかに命令とはいえ、貴人の身体を直に見るなど憚られる。本来は私がこうすべきですが、見えなくては逆にお身体に傷をつけるので」  それでどうしてこちらが目隠しになるのか分からないが、要は見えなければ無かった事と同じだとそういう理屈だろうか。    でもこのつらさから逃れられるならそれでもいいと、儚那は頷いた。   背を支えられ丁寧に寝具に寝かされる。 「──あっ、」     襟の合わせ目を左右に割られる感覚がする。それだけでどきりとした。相手の動きが見えないというのは随分と心細い。 「ひっ!」  ちゅ、と胸の小さな突起を吸われる。そんなことをされるとは思ってもみず、体が驚いてびくりと跳ねた。     「やっ、あっ!」  見られるのはどうということのない胸が、吸われて舌で転がされると()ぜるような快感が子宮を熱くした。  蘇芳は何でこんなことを知っているんだろう、何でこんなことをするのだろう。不思議だけれど、それ以上にその先を求めて体が疼いた。  花蜜の垂れた右足を立て膝にされ、その垂れたものをくるぶしの方から舐め取られていく。舌の先がじわじわと上の方に進むにつれて皮膚が薄く敏感になり、舌が滑るたびに体が跳ねた。       さざ波のように広がる痺れに、さあっと肌が粟立った。  これ以上されたらおかしくなる。本能でそれを感じて、 「も、もうっ、やめ……っ」  逃れようと身をよじったとき、秘所を隠す頼りない布地をつっ、と指で横にずらして露わにされた。 「やっ、」  自分でも見たことがない所を見られたかと思うと羞恥で震え、    「や、だっ、そこ、見ないで……っ」  力なく哀願すると、返事の代わりにごくりと息を飲む気配が返った。次の瞬間、 「い、……ああっ……」     花の中心をちゅうと吸われて、ぞくっと背中がのけぞった。 「まだ溢れるか。他の男に惑わされたせいかと思うと、悔しいが」     ひとりごとを言いながら、舌を花芯にぐいぐいと埋め込んでくる。 「ひっ、しゃべら……ぃでっ……!」  体の最も深い所から、何かが迫ってくるのを感じた。儚那の腰に触れていた手が下腹の上を滑り、弾け飛ぶ間近の小さな雄を握る気配がする。その雄の先端を、指の腹がくりゅっと撫でた。      「あっ……、ああああっ……!」  意識が飛びそうになるほどの鋭い快感が脳天を突き抜ける。きゅうと締め付ける子宮にたまらない切なさが溜まっていく。  目隠しからすり抜けた涙が顔を伝い落ちていく。それらのすべてを、ぼうっと感じていた。 「ひい様? どこか痛いところでも……」  ほとんど取れかけた目隠しを外される。熱を帯びた藍色のつり目と目が合った。  もっと欲しい。  目でそう訴えかけた。 「──…っ!」  瞬間、耐えるような息遣いと、ギリッと歯を噛む気配がした。  大きな掌に頭をつかまれる。気がついたときには深く唇を塞がれていた。   欲の昂ぶりを鎮めようともがくような口づけを幾度もぶつけてきたあとで、   「あ……」   ぐったりとした儚那と目が合うと、蘇芳は慌てたように体を離した。 「すっ、すみません、余計なことまで! つい、その」  ここまでしておいて、今更すみませんもないと思う一方で、耐えてそれ以上はしてこない忠誠心を、どこか愛しいもののように感じ始めた心とは裏腹に、もう抗いきれない真っ白な霧が、儚那の思考のすべてを覆い尽くしていった。

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