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第18話 王国の平和②
ずっと書ばかりを読んでいると、どうしたって足が疼き出す。先日の凶事があってからというもの、儚那はますます厳しい監視下の籠の鳥になってしまった。
月に一度の外出もしばらくは禁じられてしまったし、夜も交代の警備が敷かれている。
儚那は愛読書を丸めて藤椅子に掛け、格子の外に目を遣った。
「王、か」
王太子とは窮屈なものだ。
それに正直、自分に王たる資質や才能があるかといえば自信がない。
でも人前で泣き言は言えなかった。ただでさえ微妙な立場で、いつ誰に襲われても不思議ではない自分に仕えてくれる者たちのことを、これ以上不安にさせてはいけないのだ。
けれど──。
右袖を肘までまくって腕を出し、思い切り力を込めてみる。並の男のような筋肉の張りはやはり出なかった。
儚那とて体力作りや護身のための武術は一通り習ったし、真面目に取り組んできたつもりではある。けれど鍛えても鍛えても、腕は女のように白く細いままだった。
先天的に筋力のつきにくい体質なのだろうと医女長は言ったが、そう言われてしまうとなすすべがない。
儚那は立ち上がって格子の外を見た。
南北に細長く、国土もさほど広くない月虹国はどこに立っても海が近い。
太陽のつぶてがキラキラと輝く海原を見ていると、いくらか心が慰められた。
やや南国に位置付けられる王国の初夏はブーゲンビリアが花盛りだ。
国中を彩る濃紅に薄紅、黄色に橙色の花々が目に楽しく、訪れる客人たちを明るくもてなしてくれる。
唐国や倭国を始め、国を持たぬ南海の島々とも国交を通して広く文化を受け入れる懐の深さと、そこに生きる人々の知恵が王国を繁栄に導いていた。
王国のすべてを儚那は愛している。
叶う事ならば、この手で国を守りたい。非力でも、非力なりに戦うすべがあるのならそれを知りたいと思った。想像だけでは追いつかない広い世界を知ってみたかった。
コツコツ、扉を叩く音がする。
「開けて宜しゅうございますか」
声の主に気づいて心臓がどきんと跳ねる。慌てて振り返ると息を吸いこんだ。
「は、はい──」
とっさに藤椅子に掛けて書を読むふりなどをすると、すぐ扉が開いて蘇芳が入ってきた。
「午後の予定が追加になりましたゆえお伝えに参りました。このほど、ひい様のための学士をひとりお招きすることになりまして。午後に広間にてご挨拶の場を設けますが宜しゅうございますか」
「は、はいっ……」
いろいろの説明をされても全く頭に入ってこない。あの夜から数えて一ヶ月以上が経ったが、さすがにあんなことがあった後ではまともに顔が見れなかった。
この一ヶ月、儚那なりに医学書を読み多少の知識は仕入れた。そしてもしあのとき蘇芳が忠臣でなかったら、子供ができていたかもしれないという衝撃の事実を知った。
(こ、ここ、子供だなんてっ……)
結果、さらに顔を見れなくなった。
「ひい様」
「はっ、はいいっ!?」
「……書簡が逆さです」
「ヒッ!」
「では」
ぱたむ。扉を閉じて行ってしまった。
(し、心臓に悪い……)
鳴り止まない胸を押さえて泣きそうになった。
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