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第21話 八熾という男②

 じわりと汗が吹き出した。蘇芳の方に目を遣れば、驚きと警戒をないまぜにした表情をしている。同じ確信を持ったようだ。  客人との間を距離を取っていたのが幸いだった。簾があるとは言え、あまり近くに寄られたら気づかれただろう。つまり、葦原に二度も縁のあった女がこの国の王太子だということに。 (どうして鵺がここに……?)  格下の黒い官服をきちんと身につけ、髪もすっきりと高い位置に結われてはいても、隠しきれない体躯の猛々しさと特徴ある声が、その正体を伝えていた。  両者の間に不自然な間が空いた。 「──ようこそ来られた、八熾(やさか)殿。して貴殿は我が君にどのような学問を教授されるおつもりか」  蘇芳の言葉は丁寧ではあったが、あからさまな敵愾心を感じさせる口調だった。鵺あらため八熾の方も、取次の声がかつて自分に剣を向けた男のものだと気づいたのだろう、返答にしばしの間があった。 「……初めに断っておくが、俺は相手が誰であろうとご丁寧な話し方なんてしねえし、できねえ。それに俺が教えるのは学問でもねえ」  蘇芳が眉を顰めた。そばに控える官人たちもひそひそ声で噂を始める。 「不敬であるぞ、八熾!」  蘇芳が今度は敬称も無くしてはっきりと睨みを利かせた。儚那は内心ハラハラした。 「お前らの都合なんて知らねえよ。いいか、俺が教えるのは武芸だ。我流だが習熟すりゃあ戦場(いくさば)で相当の武功をあげることができる」  できる、と八熾は言い切った。儚那はパチリと目を瞬いた。 「話になりませぬ、追い返しましょう」  袖下で蘇芳が小声を寄せる。だが儚那は待てと言った。 「しかし……」  渋るその耳に用件を囁く。蘇芳が頷いた。 「王太子殿下のお言葉を伝える。武芸ならば既に幾人もの学士に師事している。そなたは私に何をもたらすというのか」  言外に『お前などいなくとも既に足りているぞ』という意思を置いてある。  すると八熾はニィ、と含み笑んだ。 「俺が教えるのは、お前らがまだ見たことのねえ武術だ。こいつを扱うのに必要なのは力じゃねえ、錬成された体の感覚と視力のみだ。極めれば女子供でも6尺の大男を連続で仕留めることができる」  自信のある声で言う。儚那はガタリと身を乗り出した。  そんな特異な武術が本当に存在するのだろうか?  非力なこの手でも、国を守る一助になれるというのだろうか。 「どうだ少しは興味がわいたか」  もしそれが本当ならば。 「蘇芳……」  儚那はそれを、知りたいと思った。

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