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第22話 八熾という男③

 短い謁見の後、部屋に戻った儚那は蘇芳と意見を戦わせていた。 「なりませぬひい様、あのような得体の知れぬ男に直接の指導を受けたいなどと。危険すぎますぞ」 「わかっているけど、でももしあの男がいうことが本当ならば、私はやりたい。どうしても」 「なぜそんなにも武にこだわるのです。ひい様の御身ならば私どもがお守り致します。王族はその血統が途絶えぬようそれだけを死守して下されば……」 「守られるだけなど嫌だっ!」  儚那は生まれて初めて従者に声を荒らげた。こんなにも心にくすぶっていた物の存在に自分自身が驚いていた。 「……ひい様」  蘇芳もまた目を見張った。従順な主がこんなにも感情をあらわにするなど信じられない。そう言いたげな顔をしていた。  いちど堰を切った儚那の思いはとどまらない。 「並みの男であるそなたには分からぬ。見ろ私の腕を! 訓練に訓練を重ねても、ひとつも肉にはならなかった。私は王太子である前に、誇り高き月虹国の戦士である。いざとなれば、後宮に住まう者たちの盾にならねばならぬ。私の思う王族とはそういうものだ」  古くから世話を焼いてくれてきた三人の女官はもちろんのこと、後宮に住まう女官たちはみな儚那の大切な従者であり、仲間であり、友であり──この手に抱いてやることはできなくとも、愛すべき妻といえた。  燃えるような瞳の色に揺るぎはなかった。 「お志は誠にご立派、恐れながら感服致しました。なれど本当に危険なのです、さっきとて……」  謁見の後すぐに八熾の後を追った蘇芳は、 『αのお前が何ゆえ後宮に足を踏み入れた、事によっては厳罰に処すぞ』と八熾に脅しをかけた。  すると八熾は涼しい顔で、後宮への通行証代わりの『種別証書』を見せてきた。そこには確かに『種属 β』と記載されていた。  そんなものは偽造だと詰め寄ったが、確かに王国の判を押した公式文書を持つ者を捕縛することはできない。  しかし八熾がα性であることは、一連の動向から明白のこと。その事実を捻じ曲げてでも、八熾を後宮入りさせた何者かが裏に潜むおそれがあると蘇芳は主張した。  そしてその何者かの狙いが、王太子の命である可能性は充分にあるとも。 「わかってる。だからね、こんなのはどうだろう……?」  いつもの口調に戻った儚那は、自分より頭ひとつ分も高い蘇芳の耳に背伸びをして作戦を囁いた。  聞いている蘇芳の目がだんだんと丸く大きくなっていった。

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