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第30話 水滴石穿①

 講義は回を重ねるごとに苛烈を極めた。  課題をひとつ突破したかと思えば次はもっと手強い課題が立ち塞がり、これまでの壁などとてもちっぽけなものに思えてしまう。     とりわけ、矢の羽根を人差し指と親指で挟み引き込むのが上手くいかずに骨を折った。矢離れの遅速は的中に大きく影響を及ぼすというのに。 「つかむ力が弱いせいもあるな」  八熾は、灰や松やに、砕いた貝殻など、手の滑り止めになるものを幾つかを与えてくれた。  手の乾燥が強い日はしっとりとした素材を、湿度の高い日は乾いた素材を用いることで手の滑りが安定し、良い矢離れに繋がるという。 「まあひい様、それはいったい何ですか?」  儚那が椀にゴロゴロと淡黄色の石のような塊を入れているのを見て、女官たちが首を傾げた。   「松やにだよ」  森に入れば、自らの手でそれを採ることもできた。 「松脂は松明や着火剤にもなるの。薬草と練って塗りつければ傷口も塞ぐのだって」  八熾の受け売りを伝えると、女官たちは感心したようにため息をついた。  自ら集めて砕いた松やには愛着が湧くとともに、儚那の手に馴染んで弓の稽古に大いに活躍してくれた。 「たくさん集まったら、溶かして琥珀のようなものを作ることもできるのだって」 「まあ琥珀を? 作れるのですか!?」  「琥珀はできるまで何千年もかかるの。だから琥珀『のようなもの』だけどね。みんなに耳飾りを作ってやれたらいいなって」 「まあ! 楽しみですわー」  三人は左右のお団子を踊らせながらきゃあきゃあとはしゃぎ回った。その顔まわりにはめいめい似合いの耳飾りが揺れている。  紅玉には紅色、木蘭には象牙色、春麗には薄紅色をした涙型の珊瑚は儚那が見立てて贈った品だ。  珊瑚は王国の貴重な資源である。  特に三人が身に付けている月虹珊瑚は、月虹国の海にしか存在しない希少種だ。  角度を変えると七色に変わる美しさを持つ反面、並の珊瑚よりも柔らかく扱いが難しい。それをさらに透かし彫りにして意匠を凝らした大変に高価な品である。  対して琥珀は、一般的な物ならば手頃な価格で流通しているものの国産の品となると珊瑚よりも希少で、ほとんど市場には出回らない。 「ひい様の手作りならば何だって世界一の宝物ですわ」  嬉しい言葉を聞きながら、せっせと松の樹脂を椀に集めた。

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