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第33話 破戒と悪夢②
「おっと」
いきおい倒れ込む寸前のところで腹を抱きかかえられた。
「う……」
八熾の節張った手の形が服越しに伝わってくる。触れられたところから、どくんどくんと熱を帯びていくようだ。
「さわら、ないで……」
暴力的な眩暈の渦に視界が何重にも揺らぎ始める。
悲しくもないのに涙がにじむ。何か粘性のものが太ももを伝って足首に流れ落ちていった。
刹那、自分でも分かるほどの濃密な花の香りが足元から立ちのぼった。
「誘う香りだな……前よりもずっと強い。俺でなくとも、男なら誰でも欲しくなる」
「やめ……っ」
こんな風に触れられ続けたら、いつまで体が持つかわからない。体が何者かに乗っ取られたかのように言うことをきかなかった。
つと伸びてきた指先に顎を引かれる。
次に何をされるかなど容易に想像できたのに、逃げられなかった。
薄く開いて呼吸する儚那の唇を割って、熱い舌先がするりと口内に侵入した。
儚那は言葉にならない細い悲鳴をあげた。
抗いきれない甘い痺れが全身を溶かしていく。
木偶のように力を失くした体はされるがままに草の上に背をついた。
重ねられる唇に征服される悦びが麻薬のように取り憑いて離れない。
願っているのは心ではなかった。
好いた相手ではないはずなのに、何故こんなにも惹かれ飲み込まれるのか。
ただの女としてここにいたいと、不実にも思ってしまう。流されてしまえば、きっとこの渇きは癒える。砂漠に泉を得たような、強烈な期待がこみ上げる。
八熾の手指が儚那の内ももに触れた。その手が奥へとのぼり始める。
触れられれば、女官ではないことを知られてしまう。
男が女のなりをして身代わりを務める不自然さ。そこから儚那が真に王太子で、かつΩ性であることを突き止められる危険は高い。
すれば最悪、儚那は殺され、現王弟が王太子の座に着くだろう。
儚那付きの女官たちは里に帰され、蘇芳をはじめ近侍の者たちは罷免されたうえ遠方に追いやられるかもしれない。
しかるのちには王と王弟とが対立し、国が二分して大混乱に陥る可能性さえあるのだ。
だけに知られてはならない。絶対に。
「ぁ……あぁ……」
それがどんなに快くとも、
「ぅ……ぁぁ……」
どんなに甘い蜜だとしても、
「く……」
暴かれるわけにはいかなかった。
ろくに力の入らぬ儚那の手が草地に伸びる。震える指先が懸命につかんだのは、さっき膝をついた時に取り落とした一本の矢だった。
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