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第41話 離宮へ②
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無駄な装飾を削ぎ落とした殺風景な部屋の中で、一人がけの椅子に腰掛けた蘇芳は深いため息をついた。
主の前では何とか笑顔でやり過ごすことができたが、本音は心配で気が狂いそうだった。
『なぜもっと厳重にひい様を監視しないのですか』
そう女官たちに問われるし、己とて本当は四六時中張り付いていたい。主の身に危険が迫っているのならつぶさに監視するのが従者の勤めである。
だがここしばらくの動きを見れば、主自身が隠したいものを抱えているのは明白のこと。
もう子供ではないのだ。あえて自ら隠したいという思いを詮索してまで暴こうとするのは従者の分を超えている。
たとえそれが誰かとの逢瀬だとしても、土足で踏み込むわけにはいかなかった。
暗い部屋の中で顔を覆う。
(ひい様のお心が、どこにあるのだとしても──)
きっと守ると誓ったのだ。
無論、決定的な関係に至りたいというのならばそれは相手を見極める必要があるだろう。釣り合わぬ相手を選べば結局は主が傷つくのだ。
そしてそれは相手が己であっても同じこと。
側近ゆえに王宮ではそれなりに大きな顔をしていられる蘇芳だが、家柄に関していえば中の下だ。仮に思いが通じたとて、主はやはり方々から責め立てられて傷つくだろう。
だから言えなかった。
どんなに思っていても、言えば必ず主を苦しめる。
だからこらえてじっと待つ。
今はそうすることだけが、身に許された唯一の愛し方だった。
格子窓の外を見遣る。ようやく長雨があがり、宵闇の中に淡黄色の:弦月(:げんげつ)が浮かんでいた。
「遠い……」
あまりにも遠い。
どんなに側近くにいても、腕の中に抱きしめていても、心に掛ける人はなお、月よりも遠い──。
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