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第42話 離宮へ③
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贅を尽くした彩色牛車に揺られて王宮の森を抜けると、王族の専用通路である禁足地に入る。
やがて緩やかな傾斜を走り、高台の地に至れば、収穫の時期を迎えた柑橘類の香りが辺りいっぱいに広がっていた。
手入れの行き届いた庭園の奥には国有種の花と樹がもくもくと生い繁り、青空まで抜ける椰子の木があちらこちらで葉を広げている。
濃緑色の針葉の先には曼珠沙華に似た紅く細長い花弁が下向きに半弧を描き、丸い落葉樹のそこここには真っ白な花が四つの花弁を開いている。
その花の中心から伸びた赤褐色のおしべは、南国を象徴する力強さだ。
ピィー、ピィィとひよどりが葉を揺らし、大樹の根元でシシシシ……と虫が鳴く。
そんな豊穣の森の花かげに、月虹国王家の離宮はひっそりと隠れ建っていた。
天球型の荘厳な大屋根は珊瑚礁の海と同じ翡翠色で、頭頂部を飾る月虹珊瑚を中心に波状の畝 が雨樋 まで続いている。
屋根を支える白亜の壁は六角形で、扉の上に配された千鳥破風 をはじめ、建物全体に東洋好みの蔦と花を模した金細工が彩りを添えていた。
その六角殿の左右には、同じく天球型の屋根の大小様々な館が連なっていて、多くの者が寝起きしている。
「ううっ、まだ一年も経たないのに懐かしいですわー」
「まあ見て、泣き虫の木蘭が鼻をすすってる」
「紅玉だって」
「そういう春麗だって……」
ああ、本当に。
慣れ親しんだ者たちと涙の別れをしたあの日から、ひとつも変わらぬ離宮の佇まいに儚那も胸がいっぱいになった。
やっと雨雲が去った秋晴れの空は紺碧で、美しい離宮はより美しく瞳に沁みた。
たまらず駆け出していく。出迎えに顔を出した年配の女官頭が目を赤くして扉を開けた。
「お帰りなさいませひい様! 皆で今か今かと、首を長うしてお待ちしておりましたのよ」
「ありがとう蓮玉、元気そうで良かっ……」
中に足を踏み入れた瞬間、わっと懐かしい顔に取り囲まれた。
「ひいさまぁ! 僕は珊 ねえさまより背が伸びました!」
やんちゃ盛りの男児が手を伸ばすと、
「嘘です、本当はまだ私の方が高いのです。瑚 は近ごろ嘘ばかりついて、皆を困らせているのですよ」
こちらもまだ小さな姉が頬をふくらます。
すると子らの母が前に出て、
「まあまあお前たちは、ひい様がお帰りになったというのに挨拶もしないで! ああひい様、王宮は恐ろしいところだと聞きます、お体は大丈夫なのですか?」
「ちゃんと寝ているのですか?」
「食べ物は? お口に合いますか?」
「なんだかお痩せになったのでは? 私が薬膳を炊いて差し上げましょうか?」
大勢の女たちから次々に身を案じられ、儚那は目頭がじんと熱くなるのを感じた。
ここには心に病を得て静養に来た王族の妾や、正妻の悋気に触れ後宮から追い出された側女、その他さまざまな理由で王宮に居場所を無くした女たちとその子らが住んでいる。
立場は違えど、みな哀れな事情を抱えた女たちだ。
かつては同じ王族の妾同士が諍いを起こす日もあったが、儚那が離宮に住まうようになって後は、不遇な身の上を感じさせず皆に平等に笑顔を振りまく幼い姿が、女たちの心を救った。
今はみなで肩を寄せ合い仲睦まじく暮らしている。
「まあまあお前たち、そういっぺんに話をされてはひい様がお困りになるでしょう。さあひい様、姉宮様ももうおいでになってらっしゃいますわ。まずは月の間へ」
蓮玉が体を張って作ってくれた細道を、こっそりと笑いながら辿っていった。
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