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第43話 離宮へ④
離宮本殿は、南向きの中央広間を囲うように雪月花の名を冠した部屋が東西と北に配されている。
扉から最も遠い西側の月の間は、主に賓客をもてなすために用意された豪奢な一室だ。
蓮玉が先に立って中に声を掛ける。重厚な扉を押し開くと、ひどく懐かしい金木犀の香りが儚那の鼻腔をついた。
それだけでまた泣きそうになる気持ちを抑え、頭を下げて挨拶を述べる。
「たいそう久しく、ご無沙汰しておりました。姉宮様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げ……」
「儚那? 本当に貴方なの? ああこんなにも大きくなって!」
「あ……」
六年の時を感じさせないその声の優しさに、耐えていた涙がぽたりと床に落ちた。
「儚那!」
「ねえさまっ……」
腰まである亜麻色の髪をふわりと混ぜて、花の化身のような姉が儚那を抱きしめた。
「儚那、まあ貴方、とても綺麗になったわね」
「ねえさまこそ」
華奢な手を取り合う姉弟の後ろで三人の女官が棒立ちになった。
「な、和むっ……」
「なんて懐かしの光景」
「生きててよかった……」
木製の円卓の椅子に腰を掛けると、やがて青磁に注がれた唐国渡りの餅茶 が手前に置かれた。
ひと口すすれば、ほっとする香りと味が鼻に抜けた。
「みんな会えて嬉しいわ! 紅玉、木蘭、春麗、いつも苦労かけるわね。あなた達だって、咲ける花を持っているのに……」
それは、儚那の側にいては女として本当の意味で愛されることはないこと、さらに女官の立場上、他の男と結ばれるのも叶わないことを意味していた。
これには儚那も胸が痛んだ。うつむくと紅玉がすかさず立ち上がり、
「まあ、それはとんでもない誤解ですわ! 私たちはただ、ひい様のお側にいることが至福なのです。ねえ!?」
「もちろんです! 私たちは私たちの意志でここにいるのです」
「そのように疑われたら心外ですわ。ねえ?」
「ええ」「ええそうですとも」
三人が頷きあう。
今まではっきりと聞くのが恐ろしかったことだけに、儚那はとても嬉しく、また安堵した。
「まあなんて心強いこと……私の儚那は幸せ者ね。ああ、それから蘇芳。儚那はとても綺麗になったけれど、面やつれしているわね。よほどのことがあってここへ休みに来たのね? この子をここに連れてくる提案をしてくれたのは貴方なのでしょう? 感謝しているわ」
「は──、恐れながら、姉宮様にそれをお伝えしていた記憶はな……」
「言わなくったってわかるわよ。貴方は昔から、誰よりも儚那のことを気にかけていたもの」
「昔から……? と言われましても、私が姉宮様とお別れしたのはほんの十四の時の……」
「十四だからなに? 貴方の目は本気だったわ。昔も今もね」
「──」
見透かすように微笑まれて言葉に詰まったか、蘇芳はしばし口ごもった。
「儚那のこと、頼りにしているわ。この子は大人しそうに見えて、ときどき酷く無茶をするの。あまりにも人を優先しすぎてしまうのよ。自分の心も体も、省みないで」
「それは存じております」
「まあ、ぬけぬけと。言ったわね!」
えっと口を開けた蘇芳を見て、うふふっと花が笑った。
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