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第47話 離宮へ⑧

「……少し風が出てきましたな。使いますか?」  そう言って蘇芳が懐から取り出した首巻きは、奇抜な赤い芙蓉の柄をしていた。およそ持ち主に似つかわしくない。儚那はきょとんとした。 「こんなの持ってたっけ?」 「いえ、いただき物です。けど使い所がなくって」  そうだろうなと儚那も思ったが、 「ただどうしても身につけろとうるさいので、仕方なく防寒用に持ち歩いています」  との言い回しには、引っかかるものがあった。 「待って。誰に貰ったの?」 「ああ、先日父に無理やり連れられた見合いの席で相手の方から贈られまして」 「え、は?」    寝耳に水とはこのことだった。 「みっ、みみ、見合い!? 結婚するの? 蘇芳!」 「まさか、しませんよ」  はははと屈託なく笑われても、こちらは妙な動悸が止まらない。 「何でもその方がおっしゃることには、以前に私をどこかで見かけたそうで。それでその夜に枕元に毘沙門天が立って、私を伴侶とするようお告げを受けたとか」  いろいろ説明されても、見合い、という言葉がぐるぐると頭を巡って気持ちが悪くなる。 「しかし戦神のような姿の毘沙門天が、何ゆえ縁結びに立つのだろうかと。内心おかしくておかしくて、ま、作り話でしょうな」  くっくっと喉を鳴らす本人は気づいてなさそうに見えたが、そんな作り話を持ち出してまで縁を結びたがる女の気持ちが儚那にはわかった。  何やらむかむかと怒りのような感情が湧いてくる。 「物は高価そうなので、持て余していたのです。ひい様、使いますか?」 「えっ……」  差し出されても、受け取れるわけがなかった。 「い、いらない……」 「そうですか」  場違いな首巻きがまたスッと懐に戻された。 「どんな人なの……?」 「さあ? どんな、と言われましても、まあ綺麗だった? ような? 名は……何といったかな。正直まったく覚えていません。ただその珍妙なヨタ話ばかりが耳に残って」  またおかしそうに笑った。  会った人の名すら覚えていないとは、記憶力の良い蘇芳にしては珍しいことだ。贈られた物までおいそれと人にやろうとするあたり、よほど興味のない女なのだろう。  そのことには安堵したが、思いの詰まったそんな物をくれてしまえる自分のことも、どうでもいい相手だからではないかと勘繰ってしまう。  単に『勿体無いから似合いそうな人にあげてしまえ』とそれだけの発想かもしれないが、それはそれで随分といいかげんで、酷薄なものに思えた。 「い、いらないんなら、捨ててしまえばいいじゃない……」 「そうですね、まあそのうち。ああ夕陽が海に橋をかけるようだ、なんとも美しい」  はればれと絶景を讃える蘇芳に二心はないように見えたが、儚那の黒いもやもやとした感情は、夜になっても消えなかった。

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