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第48話 離宮へ⑨
麗かな離宮の昼下がり。儚那は穏和な光が差し込む北側の花の間に三人の女官たちを招いた。
皆で敷物の上に寝転がって、ゆったりと頬杖をつく。儚那が昨日拾い集めた貝殻を披露すると、ほうっと一斉にため息が漏れた。
「なんて優雅なのかしら!」
「どれもこれも宝石のよう」
「これは夢蛤 、こっちが瑠璃貝でございましょう? これが手鞠鹿子 で……あら、このゴツゴツしたのは何とおっしゃるの?」
春麗が指差したのは赤茶色の巻貝だった。
「それは赤螺 。中身があるものは貝紫染めができるよ。葡萄みたいに綺麗な色に染まるの」
まあっ、と女官たちが目を驚かす。
「さすがはひい様!」
「物知りですわねえ」
「ほんとうに」
「そ、そんなことないよ……」
実際、二枚貝が必ず一対になる話は知らなかった。
離宮の浜辺は潮の流れのせいか、特色ある様々な貝殻が集まりやすい。宝探しのようで楽しい穴場だ。
でも今回は、共に行った人の言葉が気になり過ぎて、貝を見るたび思い出してしまう。
見合いをしたと言っていた。けれどそもそも、蘇芳は女性を好きなのだろうか?
今まで考えたことも無かったが、気になりだすと止まらなかった。
それをそれとなく女官たちに聞いてみると、三人は何やら顔を見合わせ、ニヤァ、と変な笑い方をした。
「ええ何でそんなこと聞くんですかぁ?」
「気になるんですかぁ?」
「ねえねえ何で気になるんです?」
「えっ、いやっ、それはっ……」
ねえねえねえ、にじり寄られて心臓が跳ね上がる。
「ひい様なら絶対に大丈夫ですから、自信持ってくださいな!」
「そうですそうです!」
「あっ、あり? がとう……?」
三人に壁に詰められたじたじとする。
「それでいつ告白するんです?」
「はっ!?」
「する時は言って下さいね、祝杯のご準備を致しますから!」
「や、ちょっ……」
「わかりましたかっ!?」
「ひ、……」
ドン、と威圧され、嬉しいような、見透かされたような、消えたいようなで、ひいいぃぃ……と小さくなった。
楽しい時はいつだって、あっという間に過ぎ行くものだ。
忙しない日常を忘れ、熱い陽射しと豊富な果物で身体を潤し、懐かしい面々と交わす他愛ない会話で心を癒すうちに、儚那は少しずつ元気を取り戻していった。
「う──ん……」
来た時よりも、というより半年くらい前よりも鏡の中でツヤツヤと張っている己の顔に冷や汗をかく。
「そうですか? どれ」
といきなり蘇芳が両頬をぷにぷにとつまんでくるので頭が沸騰し、
「ああまあ確かに、少しふ……」
パンッと張り手を食らわした。
半月予定だった逗留を一週間引き伸ばし、二週間伸ばしにして、結局ひと月も離宮に留まった末の別れ際には姉が手製の扇子入れを持たせてくれた。
「ねえさまは、まだ帰らないおつもりなのですか?」
「ええ……私はもう少し、ここにいたいの。どうしても気持ちが居た堪れなくって。いずれはあの人と話さなきゃと思うのだけど、今はまだ気持ちの整理がつかないのよ。私、頑固かしら?」
「いいえ、そんなねえさまも私は好きです」
微笑みかけると、姉は涙ぐんだ。
姉ばかりではない。みな来た時の牛車に乗り込む儚那に向かい、手を振って涙ぐんでいた。
心と魂の故郷、地上の楽園。
何よりも大切で大好きな場所を見つめながら、儚那も別れの涙に暮れた。
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