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第52話 凶兆②

 夜を迎えても気持ちは落ち着かず、明け方近くになってようやく浅い眠りについた。   その夢の中で、儚那は森にいた。手足が小さくなっている。ああ、またあの離宮の森の夢だとすぐにわかった。    一枚岩に掛けた髪の長い美しい男が、自分に向かって凄絶な笑みを浮かべている。 『待っておれ、今に──、──……』  どくりと心臓が昂って目が覚めた。額や首から嫌な汗がふき出している。  のろりと立って窓の外を見遣れば、空はまだ青白い。  起きていても同じことがぐるぐると頭に巡るだけだ。まんじりともできぬまま布団にくるまって朝を待った。  その日の朝餉は、いつもより丁寧に味わった。それから、いつか(こしら)えた松脂の耳飾りを女官たちに贈った。  本来ならばあとひと月は陰干ししたかった代物だが、今、贈らなければならないような気がしたからだ。 『大きな混乱が──』  八熾の声が反響する。  儚那は耳を塞いだ。  杞憂であって欲しい。そう願ううちに昼が過ぎ、午後になっても窓から見える景色は変わらなかった。取り巻く人の表情も、いつもと何も変わらない。 「まあ、離宮から姉宮様の文が届きましてよ!」  うきうきとはしゃぐ春麗から書簡を受け取ると、文には離宮の皆が元気であること、白黒の仔猫がすくすく育っていること、自分はもう少しここに留まること──などが、流麗な文字で綴られていた。 「お元気で、やっていらっしゃると」  伝えると女官たちも蘇芳も『それはなにより』と口を揃えた。  儚那は今度こそ胸を撫で下ろした。  やはりあれは戯言で、全ては杞憂であったのだ。当たり前だ、考えるまでもないことではないか。  こちらも返事を書こうと木簡を広げて筆を取った。そのとき扉の入口が騒がしく音を立て、 「急報! 急報でございます!」  ぜいぜいと息を切らしてその場にひざまずいたのは、ひとりの兵士だった。  蘇芳が片眉を上げた。 「そなたは確か、一覚の子飼いの者であったか?」 「左様でございます、師の一覚より密命を受け、馳せ参じました! 本日の昼過ぎ、王族舎那(しゃな)様の館をお出になった王が、王宮へ向かわれる途中にて王弟羅丹様率いる軍の急襲を受け──お討ち死にを!」 「な……」  はじめ、伝者の言葉の意味が儚那にはわからなかった。  王がお討ち死にを──とは、つまり反乱軍を起こした王弟が、ついに──、 「父を……?」  問いかけたところでまた、 「急報!」  別の兵士がバシッとひざまずく。 「王を亡き者にした反逆者羅丹様が、同士討ちに巻き込まれお討ち死に! 王弟羅丹様お討ち死ににございます!」 「なんだと!?」  蘇芳が怒号を上げる。 「どのような訳でそうなった! 仔細を……否、羅丹様を討ったのは誰だ、同士討ちといったが裏切りがあったのか!?」 「左様にございます、仔細につきましては次の伝者が──」 言いかけたところで伝者の背にドッと小男が倒れ込んだ。 「一覚様ッ!」「一覚様ァッ!」  子飼いの伝者二人に支えられ、よろよろと立ち上がった千里眼の一覚は体中に創傷を負っていた。庇うように右手に当てがわれた指の隙間からは、血の付いた一矢が生えていた。

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