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第56話 白銀の黎王

 重装を整え女官たちに隠し通路の地図を渡し終えると、儚那は後宮屋外の広間に待つ月虹国蘇芳隊千騎の前に姿を現した。  光り輝く白銀の鎧と、膝下まで覆う長い裳。 身の丈を超す長弓を掛け、白いマントに木蘭色の髪をなびかせる異質の将の訪れに、先頭の左丞相と右丞相、文官、武官、執政官と、その他の兵がざわめき始めた。 「誰だ……?」 「あんな者がいたか……?」  戸惑う兵士らと、惚けたような蘇芳の顔が同時に目に入った。 「ひい様、そのお姿は……頭と腕の装備は、どうなされた」  聞かれると思った。肩から手首までをむき出しにしたまま、儚那は少し照れた。 「笑うなよ? 鎧で全て覆ってしまうと、腕が上がらぬ……。頭もそうだ」  おかしいか? 問うと、 「いえっ、その、とてもお美し……いえ、まるで戦神が遣わした天人のようです」  兵士の視線が気になったのか、蘇芳は途中で言葉を選び直した。 「隊長、その者が我らの将だとおっしゃるのですか? どう見ても女子のようにございまするが……」  副官と思しき屈強な男が胡乱げな顔をする。 「棍崙(こんろん)、口を慎め! この方は……」 「よい蘇芳、私から言う。皆のもの。私はこの国の王太子、儚那である。父王と叔父上の亡き今、臨時の将としてそなたたちの上に立つことを許されたい」 「お……?」 「王太子……?」  ざわめきの種類が、戸惑いから次第に猜疑へと変わっていくのを儚那は感じた。 「そなたたちの思うところは分かっている。後宮にこもりきりの、腑抜けの王太子と言いたいのであろう……。いかにも私は後宮に入り浸り、ついぞ臣民の前に出ることはなかった腑抜けである。しかしそれには訳があるのだ」 「わけ……?」  棍崙と呼ばれた副官が、物言いたげにこちらを向いた。 「私が公に出られなかった理由。それは私が、私の体が、最劣等種であるからだ」 「……なんですと……?」  どよっ、とざわめきが大きくなった。  儚那は自らの傷口に爪を立てるように続ける。 「王宮には優等種の者もある。ゆえに私が王宮へ出入りするのは危険と判断した者たちが、私を後宮に匿い、今までただじっと後宮に隠れてきた……が」  ふうっと息を吐き出して、また深く息を吸った。 「周知の通り、最劣等種に王位継承権はない。父王は承知の上で、あえて私を立てたのだ。訳は察し得よう。そう弟羅丹の逆心を知り、国が二分するのを憂えたからだ。 その憂いの根源である羅丹亡き今、あえて私が立つ意味はなくなった。この戦を平らげたのちは、そなたたちが望む者を王に据えるのも良いだろう──」  儚那は一度目を伏せ、それからまた兵たちを真っ直ぐに見上げた。 「だが今離宮には、我が姉をはじめ罪なき子らと臣民が多くいる。その者たちの命と誇りを無法者に明け渡しては絶対にならぬ!! この一戦、今ばかりは、私をこの国の真の王にしてはくれぬか。ともに戦ってはくれぬか。よいか、これは願いではない。王命である!」  儚那は心が燃え立つように熱くなるのを感じた。それが一人の兵士の心を震わせ、また一人、次の者へと伝播していき、大きなうねりを広間に呼んだ。  例え一時(いっとき)だろうとも、国の玉座を空けてはならない。王が崩御すれば即ち王太子が後を継ぐのが月虹国の習わしである。  それを最劣等種の者が取るのは建国以来初の異例すぎる事態であったが、 「────万歳!」 「月虹国万歳!」 「儚那王万歳!」    儚那のその信念の(げき)は、文武両官に政務官、および数多の臣の心を動かし、ここに正統なる月虹国の新王が誕生した。

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