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第58話 南方烈氏鵺の乱②

 棍崙が指揮する騎馬の一部は、本殿裏にある有事の脱出口に向かっている。脱出口に外側から攻撃を加え打ち破ろうとする敵兵に、棍崙の騎馬の太刀が届いた。  敵の守りは厚くない。白銀の不滅隊の重い太刀が柳葉刀を弾き飛ばす。恐ろしく機敏な動きをする敵には、多方向から数人がかりで斬り掛かる。  繰り返してようやく脱出口の前が空いた。  左右から迫る敵と、それを押し返す不滅隊。  脱出口の前が空いている今を逃すなとばかり、儚那は単身で突っ込むと馬から下りて、脱出口の扉を外側から打ち鳴らした。 「誰かそこにあるか! 私は王宮軍の兵士だ、誰か! いるのならば錠を外して外へ逃げよ!」  すれば程なく金属のこすれ合う音がして、内側から扉が開いた。 「蓮玉かっ!」 「ひい様!? そのお姿は、な、なぜ、お逃げにならなかったのです」 「訳はあとだ、ねえさま方はご無事か!?」 「ご無事です、ご無事ですとも、みな生きております!」  蓮玉の指示で続々と脱出を図る王族の縁者たち。中には珊瑚姉弟の姿もあった。味方の兵の囲いの中に身を隠させると、最後に姉が姿を現し、気丈に皆の殿(しんがり)を務めた。  一安心か。そう思いかけた瞬間、ズン、と巨人の地鳴りのような重低音が響いた。離宮の大屋根から土煙が上がる。ドン、ズドン、異様な激震が肺を突き上げた。 (なんだ? 何が起こっている?)  この位置からでは何もわからず、 「十騎私についてこい!」  少数精鋭で本殿の表に飛び出すと、儚那はそれを見た。 「な……」  騎馬だ。人も馬も真っ黒な騎馬隊。南方の民の新たなる援軍が、横陣を敷きながら進軍していた。その数は少なく見積もっても五百はあるか。 「なぜだ……」  背に冷や汗が伝った。  一覚は敵兵の数を併せて二千と言っていた。うち少なくとも半数は王宮軍にすり潰されたとして、残り千騎。  その半数以上は王宮、後宮に向かうと予測すれば、離宮へ行く敵は多くみて四百。ゆえに三百の騎馬で撃って出たのにこれでは数が合わない。  一覚が見誤ったのか? 「否……」  あれはそんな誤認を許す男ではない。  となれば、可能性は一つだ。 「伏兵か!」  離宮を取り囲む森の中は、隠れるのにはうってつけだ。目の前に迫る兵は乱を起こす以前から、森に潜んでいたのだろう。  動ける不滅隊が結集して応戦にかかる。敵の援軍はあっという間に不滅隊の矢の射程圏内を抜けた。儚那はまっすぐ狙いを定めて敵兵に矢を撃ち込んだ。  鵺が八熾であったころ、常々聞かされた言葉がある。 『しょせん女官に口伝えして、王太子に弓術が届くとは思ってねえよ。俺はただお前が気に入ったし、お前の飲み込みの早さが面白い。だから教えているだけだ』  まさかその女官が将を執り、自軍に弓引く日が来ようとは思いもしなかったろう。  こうして敵を払う術も、その八熾の指南のお陰かと思うと皮肉なことだと思う。  だが感傷に浸る暇なく敵は一気に庭園を飲み込み、  「姫様っ!」  蓮玉の絶叫に振り向くと、不滅隊の守りを抜けた敵兵三者が姉の喉元に迫っていた。

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