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第59話 南方烈氏鵺の乱③

「ねえさまっ!」   儚那はとっさに三本の矢を番え、一度に撃った。誤れば味方を貫く危険がある中、放たれた飛矢は二人の敵におのおの命中したが、いま一本は外れた。  その一本を免れた敵兵が姉に刃をかざした。さらに射掛けていては間に合わない。もはや勝算なく駆けつけ、下馬して剣を引き抜こうとしたとき、 「──!」  敵の脇腹が、二本の太刀に左右から音もなく貫かれた。  ズッ……と引き抜かれると同時に、黒づくめの体が血飛沫をあげてどうと倒れる。  太刀を抜いたのは、褐色の鎧を身につけた二人の猛兵だった。どちらも不滅隊の者ではない。 (あの鎧兜の文様は、確か──?)  わずかな既視感を持って辺りを見やると、不滅隊が通ってきた森の奥から、謎の猛兵らと同じ褐色鎧の騎馬隊が一斉に押し寄せてきた。  その騎馬の中から、ひときわ目を引く勇壮な一騎が戟を片手に現れる。 「み、……」  宮様! 儚那が声を上げるより先に、一騎の足はくずおれかけた姉の元に向かった。 「あなた……? まさか、そんな」  珊瑚姉弟とその母を背に庇い、気丈に耐えていた姉の両目からつうっと涙が伝い落ちる。  乱戦の火中(ほなか)にあって、異国の皇統を継ぐ将の腕が姉の体を抱きしめた。 「あなた、ああ、あなた……! ですが、どうしてここに? ご予定では、妹君のご婚礼に向かわれたと……」  その問いかけにはややバツが悪そうに横を向き、 「……貴女のことが心配で、常日頃から離宮に監視の目は光らせていたのです。此度のことは早馬から聞き、急ぎ引き返して兵を挙げました。ああ、腕にお怪我をなさったのか……。しかし間に合って良かった」  心底ほっとしたようにうなだれた。  褐色鎧の騎馬隊が周囲の守りを迅速に固める。剣を剣で向かい撃ち、人と馬が激突して宙を飛ぶ。 「此度の援軍感謝する!」  儚那が馬上から声を張ると、 「お、王太子殿下、か……?」  将は驚いたように顔を上げた。 「今は国王だ、義兄殿」  冗談めかしてふふんと笑むと、ややあってあちらも表情を緩めた。 「お懐かしいが、話をしている暇もございませぬな。我が隊は急ごしらえにて四百の寡兵。なれど、みな鍛錬を重ねた剛の者にて、どうぞ意のままにお使いくだされ」 「うん」 「……さて」  妻の守りを精鋭たちに任せると、強靭な体躯を持つ姉婿は、ゆらと立ち上がって戟を構えた。 「────私の花に傷をつけたのは誰だ。凶賊どもめ、おのれ一兵たりとも生きては還さぬぞ!!」

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