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第60話 南方烈氏鵺の乱④

 激昂し、振り上げた姉婿の巨大な戟の刃が辺りの敵を薙ぎ倒す。  速い。敵兵の目が驚愕に剥いた。  敵は互いに目配せしたかと思うと、徒党を組んで一斉に姉婿を囲い込む。 「ぬおおおおおお!」  巨戟が唸りを上げて一党に降りかかった。  戟に弾かれた者たちの体が次々と血煙をあげ、虚空に吹き飛ばされていく。  その一瞬の出来事は、囲いの外にいる儚那の目にはまるで竜巻きのように見えた。  穏やかな印象しかなかった姉婿だったが、その奥に渦巻く激情の刃はとどまることを知らぬ。敵も味方もおののく戟の竜巻が幾重にも打ち上がり、大気がビリビリと震えた。  不滅隊と宮家の両隊は共闘して守りを固め、その守りの中で、儚那は手練れと思しき敵に狙いを定め、懸命に矢を放った。  ある者は戟で敵の喉元を突き、ある者は太刀を唸らせその強靭な脚を斬り──両隊背中合わせになって、獅子奮迅の死闘を繰り広げる。  決死の攻防は日暮れまで続いた。次第に押し返していく味方の目に希望の光は灯っていたが、疲労の蓄積した四肢と創傷のために少しずつ剣筋が乱れているのが分かる。  対して南方の民の持久力は凄まじく、未だ緒戦時と変わらぬ力で剣を振るうさまに、儚那の背が寒くなった。 『南方の民の族長は世襲制にあらず。一族の中で最も猛き者が次の族長を執る』  との一覚の教えに従えば、鵺はこの者たちの頂点に立つ体力と強さを誇ることになる。  今更ながら、そんな化け物と師弟よろしく過ごしてきた日々がぞっと思い返された。  もし王太子だと明かしていたら、自分は今この世にいなかったろう。 「は、……」  とても笑えない話だった。  馬に積めるだけ積んできた矢の残数も見えてきている。さらに一矢一矢を見定めて射る都合上、どうしても弓隊は死角ができやすく、 「うっ!」  右肩や背に流れ矢が突き刺さるのを、甘んじて受けた。  いずれの傷も深くはない。今は矢数を増やすのが先決とばかり、儚那は身に受けた矢さえ引き抜き、射返して攻撃の糧にした。 「きゃあああっ!」  女の声に振り向けば、森に隠れていた女官のひとりが敵兵に捕まっていた。敵は残忍な笑みを浮かべて女官に刃を浴びせようとしたが、儚那が弓引く前に、敵が仲間の制止を受けた。 「おい、女官らしき女は生捕りにしろとの鵺様のご命令だろうが!」  退けられた敵兵はチッと舌打ちし、刃は収めた代わりに女官に縄をかけようとした。その腕を狙って矢を射掛け、あっと手を離したところへ割って入った。  その隙に味方へ合図を送って女官の身を守らせる。 「なんだこの弓使い、女じゃねえか」 「おい、こいつなら殺ってもいいな? どっからどう見ても女官じゃねえ」 「馬鹿、ただ殺しちゃ勿体ねえだろうが……」  鵺と同じ赤がかった黒い目を持つ敵兵が、ぬら、と妖しく剣を差し向けた。  接近戦で狙われてはまずい。距離を取って弓を構え直しながら、儚那は敵の言葉の意味を考えていた。 『女官らしき女は生捕りにしろとの鵺様のご命令──』  鵺は何ゆえそのような指示を敷いたのか?   目前のこの男と同じ陵辱目的だとするならば、王族も側室も兵もなく、女はみな生捕りにせよと伝えられていてもおかしくはない。  それが何ゆえ女官だけなのかと気になった。

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