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第61話 南方烈氏鵺の乱⑤

「敵襲、敵襲──!」  しかしその疑問は、にわかに上がった棍崙の雄哮とガンガン鳴り響く急報の音に打ち消された。 「新たな敵襲、数およそ二百騎! 縦陣で突っ込んできます!」 「なっ……!?」  いかに王族の血縁があるとはいえ、中央から遠く離れた離宮をなぜこうも執拗に狙うのか。他に目的でもあるというのか?  儚那はとっさに森に逃れ、新手の縦陣とやらに目をこらした。  すぐ二百騎とは思えぬ凄まじい土煙が見えた。      その先鋒を切るのは、南方の太陽に焼かれた褐色の肌と、血に飢えた赤黒い瞳。黒塗りの美丈夫な鉄弓を、肩に構える王者──── 「ど……どうして」  何ゆえに乱の頭領たる鵺が、離宮へ馬を向けたのか。  将である鵺がここに来たということは、蘇芳隊は既に壊滅し、王宮も後宮も包囲されてしまったというのか?  女官は、紅玉たちは無事なのだろうか。  蘇芳は? 討ち死にしてしまったというのか?  嫌な想像ばかりが渦を巻いた。 『そなたは命に変えても、王宮と女官たちを守り抜け──』  蘇芳にそう命じたのは自分だ。震える拳にぎゅっと力を込めた。  万が一、蘇芳が斃れたのなら。  ならばこの場所だけでも死守しなければ、あの世で合わせる顔がない。 「……おのれ!」  鵺に続く敵兵に向けて残りわずかな矢を放つ。あまりに激しい進撃の壁に弾き飛ばされた矢もあるが、半数近くは命中し、狙い通りに敵の足を止めた。  が、やがて後方の敵が儚那の存在に気付いたか、縦陣から離脱した一騎がこちらへ真っ直ぐに迫りくる。 「くっ!」  もはや感覚を失くした指で弓を引くと、矢は敵の馬足の左に命中し、その一騎は倒れた。   難を逃れたと思った刹那、死角から飛び込んできた別の騎馬に馬ごと体当たりを仕掛けられ、吹き飛ばされた儚那の体は木々に激突しながら森の中に投げ出された。 「くぁっ……!」  倒れると同時に身体中のあちこちが焼けるように痛んだ。  特に脇腹と右腕、右足首の痛みは尋常ではない。  物が二重に見えるほどにぐらつく頭を抱えながら、なんとか上体を起こしてみたが、少しの血を吐いた。脇腹の骨がいくつか折れたかもしれなかった。  下馬した敵兵が薄笑いを浮かべ、しゃがみ込む儚那に追い迫る。  それはさっき、女官を殺そうとする仲間をたしなめていたあの赤目の男だった。  儚那は腰の直刀を抜き、杖代わりにして立ち上がった。後退るたびに右足首に激痛が走る。 「かわいそうになあ……けどすぐには殺さねえから安心しろよ。お前は後でたっぷり可愛がって、その後でゆっくりと殺してやる」 「ふざけ……」  声を出そうとすると肺の辺りに違和感が走り、咳き込んでまた唇から血が溢れた。  右半身は上から下まで腫れあがり、熱を帯びている。痛みで気が狂いそうだ。 「たまらねえなぁ、お前……」  おぞましい指先が頰に近づく。叫び出したくなる恐怖に足がすくんだ。

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