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第63話 南方烈氏鵺の乱⑦
離宮の庭園は、天幕も張れぬ混戦のありさまだ。それよりは敵の目をかいくぐれる森の中で、儚那は蘇芳の手で傷ついた右半身に処置を受けた。
赤く腫れ上がった打撲と多くの創傷を見つめ、蘇芳は痛ましげに眉を寄せると当て布をぐるぐる巻きにしていった。
いつも当たり前のように受けていた所作なのに、一度意識してしまうと儚那は逃げたくなった。
「あちらでひい様の馬が倒れているのを見た時は、寿命が縮みましたぞ。もしやと思って深追いしてみて良かった……」
ハーッと息を吐き出してから、蘇芳は事ここに至るまでの子細を語り始めた。
儚那と隊を分けた後、王宮、後宮の守りに就いた蘇芳隊七百騎は、鵺率いる騎馬約八百騎を迎え撃った。
数としては五分に近い戦力差と思われたが、敵は一騎一騎の力が凄まじく、味方にも多くの血が流れた。
一時は後宮への侵入をも許し、女官をはじめ後宮に住まう者たちはみな広間に繋がれ、敵の包囲を受けたという。
「それじゃ紅玉たちは……」
「大事ありません。捕虜に手を掛けられる寸前で、私たちと帰還した王宮軍とが合流しともに広間を奪還しました。
しかし、鵺はよく分からぬ男です。広間に集めた女官たちを殺めるでもなく、ひとりひとりの顔を検分しているようでした」
「けんぶん?」
「ええ。お陰で時間稼ぎができましたが……それで王宮軍を迎え撃つや、鵺は既に勝機を失くしたと見たか、なにか目的を変えたのか、まるで興味をなくしたように後宮を捨てると、矛先を離宮に変えたのです」
「……」
「何ゆえ検分だけして、女官に手を掛けなかったか分かりませぬ。あやつが『無益な血を流したくない』などと殊勝なことを考えるたちには見えませぬし、そこに思う物が見つからなかったか、或いは誰かを探していたのか……」
「探……?」
あっ、と声が出そうになって口を押さえると、心臓がドグドグと嫌な音を立てた。
「ひい様? なにか思い当たる節でも?」
「いや、まさか、いや……でもまさか」
「言ってください、小さなことでも。幸いここには私しかおりませぬ」
「……馬鹿馬鹿しい話だけれど、鵺と最後にあった日に、『混乱に乗じてお前を拐いに行く』と言われたの」
ただの戯言だと思って言わなかったけれど。と付け足したが、蘇芳の表情は硬かった。
「いや、それならば奴の行動にも一応の辻褄が合います。一笑にふせる話ではありませぬぞ……。だとするとひい様は、奴の目につかぬよう隠れていた方がいい」
「そう、なのかな? 逆に私が行けば、戦は終わるんじゃ……」
「それは絶対にだめです! これ以上ひい様の身に何かあったら……いえ、今や国王の身であるひい様を、人質に差し出すなどとんでもなきこと。それにです。ひい様を得るという目的を果たしたが最後、他の女官たちに対する敵の容赦はなくなります」
「あっ……」
それはそうだ。そんなことにも思い至らなかった我が身を恥じた。落馬して頭を強打したせいか、思うように考えがまとまらなかった。
蘇芳は儚那の白いマントを取って素早く頭巾のように直すと、儚那の体を頭からすっぽりと覆い隠した。ともに蘇芳の馬に乗り込み、味方の守りを探しつつ陣中に戻る。
「私もまだ戦える」
食い下がったが、
「今は目立つ行動は控えて下さい」
念を押され、棍崙をはじめとする蘇芳隊の精鋭二十騎の守りの中で、儚那はしばし弓も取れずに休息を余儀なくされた。
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