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第65話 南方烈氏鵺の乱⑨

 次は左右から鵺の精鋭たちが斬り掛かる。大太刀で横薙ぎにして二者同時に斬り伏せた。 「将同士の決戦に横から干渉するとは、なんと無粋な連中か!」  蘇芳隊の老兵が憤怒に顔を染めると、鵺がハッとせせら笑った。 「てめえらの大義なんざ知るかよ。戦なんてモンはな、最後に立ってたもん勝ちだっ!」  鵺の声に応えるように、新たな敵兵が場に入り込む。 「おのれェ!」  ならばとばかり蘇芳隊の騎馬も複数飛び込み 、敵兵と刃を交わした。敵の手練れに押された味方へ蘇芳が目を向けた刹那、 「お前は俺に集中しやがれ!」  間合いを詰めた鵺の大鉾が蘇芳の首に迫った。ギリギリで避けたが完全には避け切れず、かすめた喉仏に裂傷が走る。  間髪入れずに繰り出される突き技を分厚い大太刀の面でギィンギィンと受け止める。並の太刀ならば一突で壊れそうな強烈な打撃音が響き渡った。  対峙してしまったが最後、一瞬の隙を与えた方が先に死ぬ。  いずれ譲らぬ剣戟は続き、やがて空は茜色から群青に移り変わっていった。  永遠に続くかと思われた攻防は、鵺が突き技から上段斬りに変化したのをきっかけに動きを見せた。  振り下ろされた鉾先を蘇芳は十文字に受け止め、力と力がぶつかり合って双方弾かれたように間合いを取る。  ともに武器を構え直し、睨み合いの息を整えた。 (次の一撃が勝負の分かれ目)  両者からほとばしる気迫が儚那にそれを教えていた。  動いたのはほぼ同時だった。  すれ違いざまにガギンと刃が交わした二人は立ち止まり馬上で息を詰めた。ややあって噴き出した腹部の鮮血が両者の掌を染めていく。  相打ちかと思われたとき、肩で息する蘇芳の脇腹に左方から飛来した寸鉄が二本突き刺さった。敵兵の投じた暗器のようだ。 「ぐっ……!」  喀血と同時に、その上体が崩れてゆっくりと傾いでいく。 (蘇芳!)  叫びかけた儚那の目線の先に馬上から大地へ滑り落ちていく蘇芳の背が見えた。  蘇芳はなおも大太刀を構え直さんと剣を地に引きずったが、腹の傷が邪魔をしてか立ち上がるのは困難に見えた。  その背に向かい、ニィッと笑んだ鵺が黒塗りの鉄弓に矢を番える。 「あ……」  儚那はとっさに自身の弓を取った。それを頭巾の中で打ち起こす。  矢を引き絞るための右腕は、ぐるぐるに巻かれた当て布の中で火のように痛んだ。  痛みに耐えて番えようと手を伸ばした残矢は、もう鵺に渡されたあの忌まわしい矢しかなかった。  その矢は、金属製の矢先が儚那の手ほどの大きさもあり、そこに六弁の花模様が透かし彫りに施してある。  見た目は雅ながら、ひとたび生物の腹に刺されば皮下の血管や臓腑が透かし彫の部分に絡み込んで容易には抜けない。  そのうえ無理に引き抜こうとすると、矢から矢先が簡単に外れる仕掛けになっている。  すれば恐ろしい矢先だけがじっと体内に居残り、肉体に苦痛を与え続けるのだ。  あまりにも無慈悲な武具。  しかしそれでも、迷っている暇は無かった。

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