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第67話 後の憂い

 三ヶ月後──。  冬といっても温暖な月虹国に、今年は珍しく雪が降った。  格子越しに光る風花を見つめながら、儚那は未だ寝具の上で療養に就く蘇芳に話しかけた。 「お腹の痛み、どう? 近ごろ寒いから、辛いんじゃないかなって……」    自身の愛用する温かな毛布を掛けてやりつつ、顔を覗き見る。随分と血が通ってきたようだ。  蘇芳は戦の後七日も意識が戻らず、一時は本当に命が尽きかけた。王室の医師団が総力をあげて取り除いた寸鉄は蘇芳の臓器にまで達し、やっと目を覚ましてからも酷い高熱と痛みでひと月以上もうなされていた。 「私は大丈夫です。ひい様こそ、体の具合はいかがですか」 「私はもうどこも痛くないよ」  そう口ではいってみたものの、儚那自身も微熱と痛みはまだ続いている。  儚那は医女長の触診により、戦によって右腕と脇腹、右足首にそれぞれ複数箇所の骨折を負い、さらに全身打撲の診断もされた。弱り目に祟り目で風邪から肺炎を起こし、長く高熱に苦しんだ。 「……鵺の様子はどうです。ひい様の采配で、あの男と引き合わされたと聞き及びましたが」 「うん……」  戦で斃れた鵺は、しかし一命を取り止め、巨大な矢先を取り除く医術を受けさせたのち王宮の牢で預かった。大乱を起こした長として裁くための人質である。  まだ起き上がることもままならない状態だが、危機は脱したと聞き、蔡桜を連れて行くように申し伝えた。 「兵士がいうには、二人とも泣いていたって」 「そうですか……」  同じ牢に住まわせてのち半月ほど経った昨日、儚那はそっと牢を訪れた。  声を掛けてみるつもりだったが、壁にもたれてうつむく鵺の太ももの上で、蔡桜が幸福そうに眠っていた。  だから何も言えなくなって、そのまま牢を引き返した。 「二人のことはどうなさるおつもりですか」 「まだ決めかねてる。もちろん鵺は、反乱を起こした大罪人──だけど、父王を亡き者にしたのは羅丹の兵だった。南方の民は、王を殺した不忠者を討ったのだとみれば、そこまでの刑は課さなずともいい」 「しかし……」 「うん。とはいえ、その後も王族を亡き者にする乱を続けた鵺の罪は重い。でも、それもこれもみな元はといえば、私たち王族が生んだ罪の代償だった──」  権力のもとに蔡桜の母を召し上げ、捨てるように追い出したかつての王族。さらにその子供をそれと知らずに強引に愛妾にしたあげく、殺すつもりで手を掛けた王弟の羅丹。  二代に渡る怨念の結晶のような大乱は、厚顔な王族のふるまいが呼んだ身から出た錆であるとも言えた。 「鵺を無罪というわけにはいかない。でも蔡桜のことは、王家にとっての大きな負い目だ。その思い人の鵺を極刑にしてしまっては、新たな恨みの種を生むだけだと──」  裁くことの難しさを、儚那は知った。 「ひい様……」 「ごめん、蘇芳をこんな目に合わせた人なのに、それを」 「いいえ。そんなひい様だからこそ、私は……」  そこまで言って、蘇芳は寝具からこちらに伸ばしかけた手を止め、「いえ、何でもありません」と結んだ。  その先の言葉は、言いたくても言えないのだろう。立場がそれを阻止しているのかもしれないと気づいた。  これももう一つの課題だ。  大戦ののち、正式に玉座についた儚那がまず巻き込まれたのは、戦後の処理もさることながら、自身の婚姻の問題であった。  儚那の体をよく知る医女長を通じ、大臣たちが練った案により、儚那には『然るべき伴侶をいただきその者の子を生むべし』という、国王というよりも国母に近い存在としての義務と権利を求められた。    肝心なのはその伴侶についてで、これについては左丞相と右丞相との間で特別に合議が交わされ、 「否、いかに優秀だとて学士などではとても釣り合わぬ。やはりここは宮家の三男坊にでも打診を入れて……」 「いやあちらは異国の血、それも傍系ですぞ? あまり力を持たせるのは考えもの。どうでしょう、ひとつうちの次男を娶せてみるというのは」 「おお、左丞相様のご子息ならば悪うありませんな。しかし肩書きはどうなさる? ご子息となると性別上、正妃や后妃というわけには参りませぬぞ」 「う〜〜〜〜む」  など細部までは結論がつかぬまま、その左丞相の次男とやらが有力候補に上がってきてしまい、儚那はこれにも頭を抱えた。  早いうちに手を打たなくては進退極まる。  しかしどうすれば良いのか。

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