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第69話 罪深き王命

「四方あまねく憂いなし、王国に叛く影もなし。絶景かな!」  今朝も張りのある一覚の声をかすかに聞きながら、儚那は銀細工の施された白いマントを身に纏い、緊張にぶるぶる震えながら謁見の間についた。  左右にずらりと居並ぶ臣下の数は百は下らず迫力に圧倒される。  既に正体を知られているうえ本日は特別の向きで自ら設けた席であるため、あえて御簾はおろさずに素顔を出した。  α性の者たちもいる都合上、充分に距離は取りつつ、平伏する臣たちに直接に声を掛ける。 「皆よく集まってくれた。今日呼んだのは他でもない、……え、えーっとね……」  せっかく格好をつけてみたが、居たたまれずに頰を掻く。 (が、がんばれ私)  今日こそは国王という立場を使って、思いのままに生きるための行動を起こすと決めたのだ。そのための布石を敷きに来たのだから、しっかりとしなくては。  儚那は三度、深呼吸をした。居並ぶ臣の中には蘇芳の姿もある。上手く話せるだろうか。 「えーと……じ、実はその、私が添うべき相手に関して、皆に伝えておきたいことが、ある……」  どきどきと目を泳がせると、臣下たちがざわりと声を立て始めた。 「その、えと、そなたらの意に添う者を、私の伴侶にしたい気持ちは分かる、のだが……わ、私としてはその、じょ、上下の身分を問わず、私自身が信を置けると判断した者をこそ、側に置きたいと、思う……思っている」  ざわざわっと声の波紋が広がり、多くの者たちがこちらを見上げた。  儚那は内心悲鳴を上げたが、涙目で何とかこらえ、 「いやっ、そのっ、もちろん勝手に決めるわけではない。これこれと当たりをつけたら、ちゃんとみんなに紹介をして、合意を得る、から……」  あわあわと口もとに指を掛け、 「…………だめ?」  つい心細げに、上目遣いで言ってしまったのがいけなかった。 「身分の、別なく……?」  ごく……。  息を飲む音がそこら中から聞こえて来る。  視線はじっとこちらに注がれていて、儚那は何やら捕食動物のような心境になった。 「あ、あの……?」  たまらず口を開きかけると、遠慮がちにひとつの手が上がり、 「みっ、身分を問わずというのなら、私などいかがでしょうかっ!」  声をうわずらせたのは去年正室を亡くしたばかりの王宮隊の隊長で、 「え、は……?」  儚那は何を言われたのかよく分からずポカンとした。するとさらに、 「いやそれならば私を」「私」 「そこもと」「わし!」    など下は十六の新兵から上は還暦間近の男やもめに至るまで、我も我もとうち騒ぎ始め、 「なっ、ならば私も……!」  便乗して隣で手を上げた棍崙には蘇芳が信じられないものを見る目を向けた。  肝心な蘇芳はといえば、目を白黒させてただただ呆気に取られているようだ。それはそうだろう。儚那とて全く想定外の事態に怯え、 「いやっ、そのっ……ちが、違う、いや違わないけど、きょ、今日は気分がすぐれないので、これにてし、失礼する!」  そのままほうほうの(てい)で後宮に逃げ帰った。  事情を知った女官たちにすかさず、 「もうー、なんできちんと名指ししなかったんですか?」 「そうですよ、中途半端な王命をなさってぇ」 「詰めが甘いですわー!」  といつもの調子で呆れられ、 「だってこんなことになるなんて思わなかったし! それに、それにっ、名指しなんかしたら、実質その、告白と同じじゃない!」 「だからそうすれば良かったと言っているのですっ!」  三人に口を揃えられて、ううう……とうなだれた。 「はあー、仕方がない。ではこう致しましょう!」  にこっと指を立てた春麗が、儚那に耳を寄せてコソコソと策を述べた。

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