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第71話 月虹国の恋姫②

 それからさらに二ヶ月後。  数々の障害を乗り越え、弱冠十七歳にして国王の座についた儚那の伴侶として、蘇芳はこの春、新たに摂政の肩書きを賜った。    しかし国が同性婚を認めていないため、婚姻の形は取ることができない。  言ってしまえば蘇芳は国王の愛人、男妾に当たるわけだが、それでは身も蓋もない。  そこで倭国にならって設けられた『摂政』の職域の中に、月虹国独自の概念として『王と閨事を共にする権利』が追加された。  よって月虹国における摂政とは、やや艶っぽい響きを持って浸透していくことになるのだが、それはそれとして。 「────で。」  ブーゲンビリアの春風が届く後宮の一室で、紅玉、木蘭、春麗が腰に手を当て、蘇芳に詰め寄った。 「ちょっと蘇芳様ぁ、いったい何をやってらっしゃるんです?」 「なんでひい様に何もしないんです。せっかく臣民の許しも得て、晴れてひい様のお相手になれたというのに」 「そうですよっ。二枚貝がどうとか言っときながら、なんで未だに真っ二つなんですかっ!」 「仕方ないだろう規則なのだから……」  ぎゃいぎゃいと責め立てられ、蘇芳はうんざりと眉間をつまんだ。  月虹国において、後宮の中で起きる事柄はみな『後宮典範(こうきゅうてんぱん)』にまめやかに規定されている。  房事に関しては、王の側から遣いが出され、その遣いを介し指名された者だけがその夜に召し抱えられる仕組みになっている。  ゆえに逢いに行きたくとも、こちら側からは如何ともし難いのだ。  それどころか、国王が変わって初めて迎える年度のために両人とも議会に忙殺され、まともに話もできないまま無為に時間だけが過ぎていた。 「規則など無視したらいいのに」  紅玉が唇を尖らせる。 「そうはいかん。模範とならねばならぬ私が禁を破るなど」 「頭が硬いわねぇ」  声を合わせてため息をつき、これはひい様に言わなきゃダメね、とうなずき合った。  その同じ夕方。  つかつかつかつか、廊下を早歩きに突っ切ってきた蘇芳はバンと女官たちの部屋に乗り込んだ。 「おいお前たち、私の服をどこへやった!」 「はあ?」  口にめいっぱい饅頭を詰め込んだ三人が振り向く。 「おのれらなあ、大概にせんか!」 「何ですかぁ?」 「ちょっと話が見えないんですけど」 「服がどうかしたんですか?」 「白々しい。会議から帰ってきたら私の部屋が荒らされていたのだっ。それも服が根こそぎ消えている。私の部屋に無断で入り込む輩などお前たち以外に誰がいる!」 「はあ? 知りませんけどそんなの」 「え、服? 蘇芳様の? そんなもん盗っても仕方ないでしょ。いや売れる? 売れるか?」 「やだ売れるかも」  声を潜めて妙な算段が始まった。 「やかましい、今日という今日は許さぬ! いかにお前たちとて良識のかけらくらい持ち合わせいると思っていたのに……服というかもう下衣の果てまで……、ええい、後宮典範など知らん! 今日という今日は個人的に鍵屋を呼んでやるっ」 ※後宮典範 第二四条三項『全テ後宮ニ従事ス男子ノ室ハ施錠スル(アタ)ワズ』 「あらまあ、でもぉ」 「賊が入り込んでいるとしたら……」 「ひい様の御身は大丈夫かしら?」  さして深刻でもなさそうにあさってを向く三人に、蘇芳の足が止まった。   「お前たちでは、ない……?」  うんうん。再び饅頭をくわえて三人が相槌をうつ。  蘇芳は背に冷や水を浴びたような寒気を覚え、真っ青になって廊下に駆け出した。

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