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第73話 月虹国の恋姫④

「いやああっ!」 「えっ……?」    しばし気まずい沈黙が流れた。 「ひ、ひい様……? 私の服で、いったい……何をなさってるんです、というか……」 「あ……あわ、……」  じっと注がれる視線が痛い。 「というかその、素肌に私の白衣を、着……?」  ごくっ、と蘇芳の喉が上下した。  やけに視線を感じるところは、はだけた衣の合わせ目から露出した太ももだった。 「やっ、やだっ……」  大きすぎる衣の裾を引いて隠すと、つま先までが全て収まった。 「この花の匂い、あの時と同じ……」 「す、蘇芳、あの」 「ひい様、いったいなぜこんなことになっているのか訳をお聞かせ願えますか」 「う、ううっ……」  もはや下手な嘘をついても、さらなる墓穴を掘るだけだ。観念した儚那は自分でも理解不能な行動を、もうありのまま打ち明けた。 「そう……私の服を着たら発熱をして、こうしたくなった、と……」 「ごっ、ごめんなさい! ちゃんと返す、から……」 「これもいわゆるΩ性ゆえの習性なのか? いや……」  ぶつぶつと呟く蘇芳から、仄かに異質な匂いが立ち上ってくる。儚那はそれを動物のように研ぎ澄まされた嗅覚で感じ取った。  ふらりと起き上がり、スンスンとその体を嗅いで不思議な匂いの元を探す。 「あ……?」  やがて原因らしき物のありかを突き止め、官服の合わせ目から中に手を差し込んだ。引き出してみるとそれは、贈り主の趣味を疑う奇抜な花柄の首巻き。  以前離宮の海辺で見せられた、あの首巻きだった。 「こんなもの、まだ持ってっ……!」 「あっ、捨て忘れてい……」  かっと頭に血が昇り、首巻きを全部引っ張り出して寝台から飛び降りた。泣きたいような気持ちに駆られて格子窓から外に放った。 「ひい様……?」 「あっ、……」  気がついた時にはもう全てが遅く、 「ご、ごめ、あの……あっ!」   背後からいきなり掬うように横抱きにされ、ぽんと寝台の上に投げ出された。 「そんなに?」 「ひゃ……!」 「そんなに私のことが好きなのですか? そんなに? 物に嫉妬するほどに?」 「あっ、あのっ……」  寝具に肩を押し付けられ、向かい合わされる。 (ああ、そうか──)  けれど、問われてやっとわかる思いがあった。 「そう……だよ、嫉妬するほど、蘇芳が好きだよ。ずっと、呼びたかったけど、恥ずかしくて呼べなかった……。いつも側にいられないんなら、せめて今だけでいいから、服を貸していてっ……!」  どうしても返したくない衣類を、抱えられるだけ抱え込んで顔を埋めた。 「──」  答える声はない。その代わりに何かを耐えるような視線でじっと見つめられた。  怒られるかと身構えたが、怒りとも違う気配が漂っている。  「す、蘇芳……? ひゃっ!」  膝の間に脚がのしかかってくる圧迫感に悲鳴をあげた。唐突に抱きすくめられて肩が震える。首筋を吸われると、鋭敏になっている肌がぞくりと粟立った。 「かわいい……」 「えっ、あの……」 「かわいぃ──…」 「やっ、あの、ちょっと待ってっ!?」  「待てません」 「なっ、なん、……ひっ」  襟元から覗いた胸元に唇が触れた。 「待っ、待って! だってその、き、規律とかあるしっ!」 「いや、そんなもの、もうどうだってよろしい」 「よっよくない!」 「……ああ本当にあやつらの言うように、典範など初めから無視すれば良かったのだ。私が女ならばいざ知らず、ひい様のお立場から男を呼び寄せよなどと──考えてみれば、何と無粋な規律であることよ。あれは即刻変えていただくよう進言せねば」 「か、変えるって、どう……?」 「無論私が、いつでも好き勝手にこのような振る舞いをできるようにですよ」  でなければ、おちおち顔も見られない。  怒るように続けて唇を塞がれた。 「っ、んんっ……!」  衣のはだけ目から滑り込んできた蘇芳の左手が、儚那の右膝の裏に手を掛けぐいと太ももを持ち上げた。

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