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#スイーツ男子の欲望はラスクの硬さと砕け散る弱さに似て④
外に出て数歩歩いてまた同じドアの前。隣の家の中に入ると間取りこそほぼ同じだがこっちは生活感がちゃんとあって、どこに置いてあるんだろうと思っていた大我の洋服やアクセサリーはここにあった。
『わぁ。なんかこっちの方が大我っぽいね』
「俺っぽい?」
『なんて言うかー…カッコいい出来る男って感じ!』
物件の内覧に来たカップルの彼女がキャッキャとはしゃぐ様に目の前一つ一つの家具や雑貨に興味津々の暖。
ナチュラルでふんわりした撮影部屋とは正反対のシックでモダンなブラックに統一された大我のイメージ通りの部屋。
『しかも全部高そうな物だね』
「その辺りはほとんどお客さんにもらったりしたものが多いかな」
『ん?お客さんって配信観てるファンの人達って事!?』
「配信ファンの人達からはプレゼントは受け取らない主義だから。これは俺の前職のお客さんからね、ホストしてたから少し前まで」
『……ホス、、ト?えええぇぇぇ!?』
「いやっそのリアクション、さっきコンドームと一緒なんだけど。、、まっいっか」
そう言って硬い黒いソファーに座った大我はまさに高級ホストクラブの帝王の風格に見える。そしてそのまま過去を話し始めた。
「小学生の高学年から親とアメリカ暮らす様になって数年そっちで生活してたんだけど、中学卒業と同時に一人で帰国したんだ。一人暮らしでこっちの高校に行ったはいいものの馴染めず半年で自主退学。しばらく普通のバイトしてたんだけど、19歳でスカウトされてそのままホストの道へって感じかなっ!」
あまりにあっさり語った19年の経歴にしては鮮やか過ぎて、口を開け目をぱちくりさせて聞いていた暖は何から質問すれば良いかわからない。今の自分と同じ19歳の自分と経験も苦労も違い過ぎると口篭った暖。
『、、ホストはどうして辞めたの?』
「あー…何て言うかずっと店のNo.1やってて目指すものとか目標に達した時にやる気がなくなって、、って感じ』
『つまり整理するとー…幼少時代はアメリカに住んで、一人で日本に帰国して高校入学したけど中退してその後ホストになりNo.1になって辞めた後男性と付き合って数百万人の登録者がいる配信してるってこと、、だよね?』
「んーそうゆう事。俺の人生を要約してくれてありがとっ」
『何それもうドラマの世界でしかないよ。そんな人、現実で存在したんだなぁ〜』
目の前にいるのにどこかやっぱり遠い存在の大我は元々選ばれたし人間なんだと思うしかない。
『けど大我がホストって向いてる気がするな』
「そう?どうして?」
『生まれながらステージでスポットライトを浴びる側の人間だからっ』
そう言った暖の混沌した顔と声色から何かを読み取った大我は立ち上がって近づいた。
「それは買い被りすぎだよ」
『ううん、そんな事ない。僕にはわかる』
「だって俺には暖のようなスイーツが生きてるようなレビューは一生書けないから、、」
「何言ってんの?あんなの誰だって書けるよ!300人のフォロワーなんて大我から見たら笑っちゃう数字だろうし。230万なんて僕には無縁ー…」
すると突然背中に重さを感じて首に腕が絡み付いた。完全にフリーズしてしまった暖を後ろから抱き締めて黙ったままの大我がゆっくり口を開く。
「じゃぁさ、その230万人を一緒に背負ってくれない?」
吐息を吐くような言い方で耳元で呟いた大我。まさかあっちの部屋での続きが始まるのかとなぜかドキドキしながら振り向いて目を合わせた。
しかし大我は沈鬱な顔をしていて、思わず"どうしたの?"と口には出さないが顔で問いかける。
「、、あっ!ごめん急に。そうそう。こっちの部屋に呼んだのは渡すモノがあるからなんだ」
身体を離して大我はいつもの明るい顔と声で言って。さっきの一瞬の出来事はなかったかのように近くの引き出しから何かを出して暖に差し出す。
『ん?何これ!?』
「何じゃないよ、お給料。とりあえず2回分の6万円に引き受けてくれた謝礼金合わせて10万円入ってる」
『……10万、、』
自分でお金を稼いだことがない暖にとって受け取った10万は重すぎて両手でギュッと強く握る封筒が今にもつぶれそう。
金額はさておきこの世界にしばらく身を置く事を許された気がして"偽の恋人"はまだしばらく演じられそうで嬉しかった。
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