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#スイーツ男子の欲望はラスクの硬さと砕け散る弱さに似て⑦
「滝川陽さんはー…あっここですね」
『すいません、わざわざ。ありがとうございました』
さすが大きな病院だけあって院内案内図を見たところで方向音痴の暖はすんなりたどり着くわけもなく、看護師に案内されてようやく陽の名前が書かれた部屋にたどり着いた。
そーっと開いたドアに気付いて、ベッドの上で読んでいたサッカー雑誌から視線を入り口に向けた陽。
「は?何で兄貴?」
『お母さんが来れないから、代わりに荷物持ってきた』
「マジかよ、どうりで遅かったわけだ」
『ごめん……それで怪我、、どう?』
陽のサッカーで鍛えられた筋肉質な右足に付いたギプスが痛々しくて、適度に距離をとって荷物をそっと椅子の上に置いた。もともと二人部屋の病室は、同室だった患者がつい最近退院し現状一人部屋の状態で至って静かだ。
普段から二人きりになるのを何となく避けて生活しているのは、暖の顔を見るなり陽が不快な顔をするのを見たくないから。しかしまさに今その顔を向けられている状況。
「見ての通りだよ、マジ最悪。もうすぐ大事な試合があったのに」
試合前というタイミングの悪さも相まって精神的なストレスを抱えた陽はいつも以上に気難しくて返事に困る。手にしていたサッカー雑誌を叩きつけるように横の机に置いた。
『で、でもまださっ、試合はこれからもたくさんあるしっ。とりあえず今は治す事だけー…』
「兄貴みたいに何の目標もなく無駄に生きてる奴にはわかんねーと思うけど。用事済んだら帰れば?」
そう言って窓の方を見て寝転んで背を向けた。
これ以上逆なでしたくないし、言われたとおりそのまま"お大事に"とだけ言って病室を出た。わずか3分ほどで終わった面会。
『……無駄に生きてる、、目標もない、、』
陽に言われた言葉をぶつぶつと繰り返し言いながら廊下を歩いてエレベーター前に来た。
浪人生である以上"志望の大学に合格したい"と言うのが、最大の目標であるべきなのに、そう胸を張って言い返すこともしなかった。
そして"スイーツアカウントのフォロワーを増やす"なんて少し前まで時間もお金も費やしていたその熱も落ち着いてしまった。
メインアカウントよりサブアカウントに気持ちが完全にシフトしていて、それは300人と230万人の両方経験すれば全員が後者を選ぶ。
結局多くの人に関心持たれている場所が1番居心地良いと感じるんだろう。人間はよく深い生き物だ。
そんな時なぜか脳裏に浮かんだのが大我だった。目標って"偽の関係の仲"でも持っていいものなのか。どうせいずれなくなると分かっていても?
上から降りてきたエレベーターのランプが3階で点滅しドアが開くと年配の人から子供までたくさん人達が乗っていて、一気に全員の視線を受けた。申し訳なさそうにわずかに開いたスペースに小さく背中を丸めて目の前でドアが閉まり掛けた時。
『っっ、大我っ!!!?』
閉まるドアの隙間から横切ったピンク髪とあの綺麗な横顔を視線にとらえ咄嗟に大声をあげた。横にいた子供が驚いて、母親に抱きついてこっちを見ている。しかしエレベータはそのまま扉を閉めて下へ下っていった。
静まるエレベーター内で"すいません…"とわずかに横を振り返り、恥ずかしさで真っ赤になった顔で頭を下げた。身の置き場なく体を縮め、一階へ着くと飛び出すようにエレベーター降りた。
『今の人……大我にすごく似てたけど病院なんかで会うわけないだろし、、別人かな』
出会ってから頭の中のどこかに必ず大我がいる。配信をするようになってから、ますますその割合が増えたのも間違いない。似てる人を見ると全て大我に思えてしまうのは少し依存気味になってる証拠かもしれない。
大我なのか気にかかったが探る様な事は避けて、涼しかった病院を出る。体を溶かすような日差しがまたふりかかってきてまた来た道を帰って行った。
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