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#スイーツ男子の葛藤はミルフィーユの重なる想いに挟まれて⑤
「荷物は全部積んだぞ」
日曜日の午前、暖の家の駐車場から母親と父親の声が聞こえ車に荷物を積んで病院に向かう準備をしている。
「暖は部屋にいるのか?」
「あの子は約束あって午後から出かけるみたいよ」
「そっかたまには一緒に来ればいいのにな」
「1人で行った時、邪魔者扱いで追い出されたから行きたくないって」
お泊まり配信から1週間が経ち夏期講習と配信の日々は変わらず忙しく過ごしている。
例のSNS事件で配信休み期間に減った登録者数が戻って再び増えたと嬉しい数字も目にした。すっかり人気配信者になった暖は自ら配信内容を提案することも。
"チーズバーガーが食べたい買ってきて"
母親の携帯に入ったメッセージは陽からで食べ盛りのサッカー少年には、病院食は口に合わないようだ。二人を乗せた車はそのままいつもの道を走り、病院手前にあるファーストフード店に停まった。
車を降りて"待ってて"と運転席の父親に言うと母親だけが店に入って行った。
"いらっしゃいませ"と自動ドアが明けると同時に活気ある声が飛んでくる。昼少し前でやや混み始める時間のハンバーガーチェーン店。3台あるレジの1番空いている奥のレジに並んだ。
"次の方お伺いしますっ"と呼ばれてカウンターのメニューを目をやり頼まれたチーズバーガーを探すがメニュー数が多くて迷っている。
「、、あれ?……もしかして暖の!?」
「ん?あっ!明希くん?」
「やっぱりそうや。こんにちは!」
「もしかしてここでアルバイトしてるの?」
メニュー表から顔を上げると黒いポロシャツにキャップをかぶった制服の若い男性店員は明希だった。
「そうです。めっちゃ偶然ですね、買い物か何かで来たんです?」
「違うの。それが陽が足骨折してね、すぐ近くの病院に入院してて。ハンバーガ買ってきてって言うから寄ったの!だけど知らなかった、明希くんアルバイトしてるのね!?」
「まだ数ヶ月ですけどね、大阪離れてこっちで浪人生活してるんで生活費ぐらいは自分でと思って」
「偉いわねぇ〜暖とは大違いだわ」
「そうや、注文どないします?」
「チーズバーガーとポテトお願い。あとー…」
オーダーを聞きながら手際よくレジを打つ。何でも卒なくこなす明希はもう何年も働いているベテランスタッフのよう。
「ほなこれお釣り300円で」
「ありがと」
「あー…陽くんの入院の事は暖から聞いたんですけ大丈夫ですか?」
「スポーツしてたら怪我は付きものだからね。そんな酷い骨折ではないから心配しないでっ」
「それならええですけど。完治するまでサッカー出来へんからツラいやろな、、もしよかったらそのうちバイト帰りにお見舞いに寄ってもええですか?」
「もちろんよ!陽も明希くんが来てくれたら絶対に喜ぶと思う!」
他のスタッフから注文した品が揃ったトレイを渡され持ち帰り袋にテキパキと入れていく明希を見ながら母親は話を続ける。
「そうだ!また家にも来てね。この前は明希くんの家に暖をお泊まりさせてもらったみたいだし」
「、、えっ?俺んちですか?」
「うん。先週泊まって勉強してたでしょう?あら、電話で明希くん家って言ってたけど、、」
身に覚えのない言葉を聞いて袋に入れた手が止まる明希。すぐに頭に浮かんだ学校での出来事は前日と同じ私服で来たあの日の暖とバイクの男。
「あー…そうでした!夏期講習は課題も多くて終わらんかったんであの日は泊まりで」
「夏期講習?それも初めて聞いたわね。それは普通の授業と違うの?」
ハテナの顔をしてそう言った母親は本当に何も知らない様子で明希を見る。意外な反応の母親にまたしても明希は不安が募る。
申し込み時に暖は親に出して貰えたと言っていたし知らないハズはないけど。
そんな話をしているうちに、客が増えてレジに並びの列ができていく。母親も振り返り混み始め後ろに並ぶ家族連れを見る。
「あっほなこれ!陽くんに治ったら一緒にサッカーやろなって伝えて下さい」
「わかったわ。じゃぁアルバイト頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
袋を渡してぺこっと頭を下げてお店を出て行く母親を見ながら、頭はグルグルと色んな思いが巡っていく。
家に泊まった事や夏期講習のお金の事。
何の為の嘘か?そこに知らない誰かがいるのは間違いなくて、明希は自分の知らないところで何かが起きていることがショックだった。
「あの注文いいですか?」
「、、えっ?あ、すいません!注文お伺いします!」
日曜日午後の忙しい時間に客が続々と続き明希は気持ちを仕事モードに無理やり切り替えて働く。それでもギュッと胸を締め付ける何かがずっと消えないでいた。
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