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#スイーツ男子の葛藤はミルフィーユの重なる想いに挟まれて⑩
アスファルトから振動が伝わる程にレースはヒートアップし、我先にと少しでもライバルとの距離を離そうとバイクがうねりを上げる。
そんな状況を修一と暖は眩しい日差しを手で遮りながらゴール地点に立っていた。
『なんかドキドキするなぁ』
「だろ?レースって面白いんだ。大我も病気がなきゃこの世界で活躍してたかもな」
『大我はレーサー目指してたんですか?』
「はっきり俺にそういった事は無いけどな。でもバイクに乗ってる時の目は生き生きしてるし、何より暖くんに見て欲しくて連れてきたっていうのがその証拠じゃないかな』
『、、一緒に来たのは動画の為じゃ?』
「それはどうかな?おっと見ろ!ラスト直線来るぞ」
修一の意味深な言葉に気になりつつも視線を音のする方へ向ける。最終コーナーに入った数台の連なる先頭に見えたのは見慣れた大我のバイクだ。暖はドキドキする胸に両手を重ねて祈るように見守る。
ゴールが見えるラスト直線コースが近いようで遠く感じる距離。
そして2着との差を少し広げ勢いそのまま大我のバイクと身体はゴールを決め、1着でフィニッシュとなった。ゴールラインを過ぎてゆっくりと速度を下げエンジンを止めた。バイクから降りてヘルメットを外した瞬間、背後からズシっと体重がかかり体勢を崩した大我。
「わっっ!、、暖!?どうしたの!!?」
『1番すごいよ!おめでとう!』
「大袈裟だな、軽い遊びのレースなのに」
『ううん、大袈裟なんかじゃない。僕何だか感動しちゃったよ』
「そう?それじゃ連れて来た甲斐があったかな。あー…だけど今は少し離れてたほうがいいかも、、ほら後ろ」
『ん??後ろ?』
大我の背中を強く抱きしめながら目が潤んでいる暖が振り返ると、ニヤニヤと笑う修一と何も知らないゴールしたドライバーの卵達が2人の関係性を不思議そうな顔して見ている。
完全に人の目があることを忘れて思うがまま衝動的に動いてしまった暖は"ハッ!"として身体を離した。
『ごっ、ごめん!つい!』
「ねぇ暖そんな可愛い事して。もしかしてわざと?みんなに見て欲しかった?」
大我は含み笑いをしながら意地悪く言うと"もぉー!"と口を尖らせて顔を赤くした暖は背中を向けた。
「嘘、嘘。だけどゴールに暖が見えた時さ何でか凄く安心したんだ。ありがとう」
『……そんなありがとうなんて、、だけどいい動画が取れたね!きっと視聴者も大我のこんな姿を見れて喜ぶと思う』
「そうかな、それならいいけど。しばらくサーキットは走って無かったし、本音を言うとあまり自信なかったけどとりあえず動画あげれそう」
『きっとまたファン増えちゃうよ!』
「ははっ。あ〜もう汗びっしょり、着替えてくるから待っててくれる」
『うん?』
そう言って修一と一緒に中へ入っていく姿には病気なんて微塵も感じられない。今すぐにでもレースの世界へ飛び込めそうな走りなのに叶わないなんて。
そんな事を考えながら走り切ったバイクを見つめ黒いボディーに反射した自分の顔をじっと見つめた暖。
"自分にはそんな夢なんて何もない。このままでいいのかな"
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