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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される

 "人は生まれて死ぬまでの間に必ず何者かにならなければいけないらしい"  カリカリと鉛筆が紙を滑らす音、この1つ1つがその何者かになる為の道筋になるのか。少なくともこの教室にいる全員がそれを信じているはずだろう。  顔を上げて黒板上の時計を見ると針が残り5分を差している。手元の解答用紙はまだ余白が目立って、焦った暖はとにかく何かしら埋めようとそれらしい文章を時間ギリギリまで鉛筆を動かせてみる。  「はい、そこまで!鉛筆置いて、回収終わるまでそのままで」  講師の声で音が一斉に止んで静かになった。 8月末の予備校の教室はクーラーをガンガンに効かせても生徒達の熱量で温度が高い気がさえする。  "全統記述模試"なんて黒板の文字を見るだけで頭が痛くなる。夏期講習を締めくくる試験はまた自信を失う結果になりそうだ。  「あー疲れたぁ!何で全部書かなきゃいけないの!選択問題ほとんどないじゃん」  「いつみ、記述模試って言うんはそうゆうもんって知らんかったんか?」  「聞いてませーん。んで?暖はどうだった?」  『あー…ぼちぼち、、いやッ全然ダメかな』  「だよねっよかった〜仲間いて!」  傷口を舐め合う危機感の無い2人を見ながら溜め息をついた明希。夏が終われば受験戦争は佳境に入ったも同然。  「よっしゃ、ほな久しぶりに3人で残ってやるか?やけど今日は自習室使われへんみたいやから図書館かな。この時間ならまだ開いてるやろ」  「あー私パス!予定あるから」  「ほな暖と二人で。ええやろ?」  『あ、うん大丈夫』  学校にいると現実を知り、配信をしていると夢の中にいるよう。そんな両極端に挟まれた生活も悪くはないが、どちらもこなせる器用な人間じゃ無い事も分かってる。 今回の試験も案の定すっかり忘れていて教室に入った瞬間に現実に終了ブザーが頭に流れたくらいだ。  公私混合は色んな意味で危険。    「ここの席でええか」  『わ〜こんな大きな図書館学校近くにあったんだね、知らなかった』    まだ早い午後3時の図書館は人が少なく席は選び放題。窓際に沿った4人掛けの机に荷物を置いて外を見ると樹木が暑い陽射しを遮って涼しげに揺れている。  「ええ場所やろ。一度来たことあるんやけど大通りから外れとるから意外にうちの生徒も知らんのかもな。しかもここ教材も結構揃ってんねん、先見にいくか?」  『うん、見たい!』  数えきれない木棚の数は暖の身長の高さを優に超えてずらっと並んでいる。ジャンル毎に分かれ番号が振られた棚をゆっくりと歩きながら目的の本を探す。  「ここからここの棚全部やな」  『えーっ、多すぎて逆に選べないね』  「暖にとってはどれも難しいかもな〜!あっこの中学生の教材なんかええんちゃう?」  『そんな意地悪言うなら1人で勉強するっ』  「冗談やんかー!ちょっと選んどいてや、トイレ行ってくる」  『うん、いってらっしゃい』  目の前の参考書を一冊、手に取って開いてみると到底自分のレベルじゃないとすぐに閉じた。冗談ではなく中学生の参考書あたりが丁度いいかもしれないとすら思う。  少し歩いて見ていた棚の裏側へ行くと難しい医学書が並んでいる。全く試験に関係のないジャンルなのになぜか足が止まり、その時ふと暖の頭によぎったのは大我の病気の事。  修一に聞いた内緒の話はもちろん大我本人には言っていない。きっと本人も言わないのは知られたくないからだろう。だけど病気の事知っておく権利くらいはあるよね。  顔を上げて上段にある分厚い医学書には多くの病気が載っていそうで、背伸びして手を伸ばしギリギリ届きそうで届かない。諦めようとした時、隣に人の気配がして顔の前に長い手が伸びる。  「取りましょうか?この本ですよね」  『え?あっ、ごめんなさい!』  「はい。どうぞ」  『ありがとうございます。すいません』  「学生さん?」  

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