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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される②
『えっ、はい学生です』
「医学生?」
『いえ、そんなっ違います。今は受験生で浪人中なんです』
"だったらおとなしく勉強だけしてろよ"
男はこの真夏の暑い中、長袖の全身黒ずくめで目深くギャップを被っている。ハッキリと顔は見えないが、動いた口からそう小さく聞こえた気がした。何となく薄ら見覚えのあるような顔つきと聞き覚えのある声がした。
でもそれは学校だとか身近な場所ではなく画面越しから記憶したようなそんな感じ。
『えっ、、あのー…』
「あー!おった、場所迷ってもうたわ。ええのあったか?」
『あっ明希。いやまだ探してる途中』
「この棚は医学ー…ってどちらさん?」
暖の横に立っている黒ずくめの男が気になってそう言った明希は何かを警戒している目で相手を見つめている。そして目を合わせない様に顔を下げて男は何も言わず足早に立ち去った。
『あ!ちょ、あのっ!……行っちゃった』
「誰や?知り合いなんか?」
『ううん。上の届かない本を取ってくれた優しい人だよ』
「ホンマか?何か怪しい感じやけどな」
『だけどあの人どこかで見たような気が、、』
遠くに視線をやり思い出そうとするがこれだ!と確信つく人物が頭に浮かばない。
そんな暖の手元にある分厚い本を見た明希は手から取ると表紙をじっくり見る。
「それよりなんや、そんな本持って。なんで病気の本なんか」
『え?べ、別にっ!ただ何となく特に意味はないよ。あーここにはないなーあっち行こ!』
変に勘ぐられたくないと奪う様に明希から本を取ると目の前の空いたスペースに本を乱雑に戻して別の棚へ移動する二人。
「そうやそれで思い出したたんやけど、陽くんまだ入院なんか?」
『陽なら今週末に退院が決まったよ』
「そっか良かったやん。おばさんも遠くの病院通うのも大変やったやろうし陽くんかて、、」
『あれ?どこの病院知ってたっけ?』
「おっ、、え?」
詳しい病院の名前や場所は言っていないはずなのに知っている話す明希を不思議に思った暖が言うと本棚に視線を向けて参考書探しながら明希が少し間を置いて口を開く。
「あーこの間な、バイト先に暖のおばさん来てん。たまたまバッタリな。」
『明希のバイト先って病院の近くなの?』
「そうみたいやな。俺もその時初めて知ってん」
『お母さん……何か言ってた、、かな?』
「ん?何かって?」
『そのー…家に誰か来たとか、、』
「別に。ちょっと挨拶程度の会話だけやしな、そんな話はしてんで」
それを聞いて何故かほっとして顔が緩んだ暖にやっぱり何か知られたくない事があるんだと明希は感じた。
"泊まった相手は?""夏期講習のお金は?"そしてー…"明希の家に泊まったと嘘をついた理由は?"
本当は聞きたい事は山ほどあって喉まで出かかったけれどギリギリ飲み込んだ。知りたい反面、知ってしまったらショックを受けるかもとそんな怖さもあって聞けなかった。
『、、明希?何?どうしたの?ぼーっとこっち見て。あっ顔に何かついてる!?』
「あっいやなんでもあらへん。はよ選んで勉強始めな時間なくなるで」
『あっそうだね』
いくつか選んだ参考書を机の上に重ねて勉強を始める。静かに誰もが黙々と自分の世界に入っている図書館は慣れなくて、その上今日のテストは散々でやる気も削がれて集中出来ずにいる暖はフゥと深呼吸をしてペンを置いた。
「何やまだ40分しか経ってへんで。分からんとこあれば聞こか?」
『ん〜少し休憩。何か喉乾いちゃったな』
「自販機なら入り口のとこにあったで」
『ちょっと買ってくる。明希も何かいる?』
「俺はええわ」
暖はカバンから財布を出して疲れた顔で入り口へ歩いていく。去った後に残ったちっとも進んでいない開いたままの暖のノートはまだ1ページも埋まっていない。
その時突然鳴り出した大きなスマホの着信音。音の出所は暖の椅子の方からで、焦った明希は立ち上がって暖が座っていた椅子の方へ周る。
そして椅子の横に置かれたカバンが目に入っ た。着信音はその奥の方が聞こえていて、勝手に中を詮索するのに躊躇はしたが致し方ない状況。静まり返った図書館に響く止まない音に周りの冷たい視線が注がれる中、手を入れてスマホを探す。
「あーどこにあんねん!あっここやっ」
奥からスマホを取り出すとさらに大きくなる着信音と光る画面に相手の名前が写し出されて目を向けた明希。
表示されたその名前は"大我"。
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