63 / 89
#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑤
翌日、変更の約束通り時間を早めて撮影場所に着いたのはランチタイムより少し早い午前11時。歩いているとビジネス街の路地裏にひっそり見えてきたカフェ。
『わぁ〜このお店?すごくお洒落だね』
「最近オープンしたばかりで新しいお店だからまだあまり知られてないけどね」
赤レンガ造りの建物に"Chéri "と小さくガラスに書かれたその先には様々な形や色をしたケーキが並んでいるのが見える。
その佇まいを見るだけでスイーツ男子の身体は甘み成分を欲して唾を飲み込んだ。
「お店のオーナーさんが知り合いでね。宣伝も兼ねてうちの店で動画撮ってくれないかって言われてさ。ちょうど暖が甘いもの大好きでしょ?だからいいと思って」
『うん嬉しい♡最近全くお店でスイーツ食べる事もなかったから。しかもこんな素敵なお店で大我ありがとう!』
「、、まぁ元はと言えばお店に行けなくなったのも俺達のせいだし、、ね」
声のトーンを下げてぎこちなく言った大我。俺達って言うのはきっと一緒に配信をしていたあの元彼の事を言ってるんだなと頭にその存在がチラついて胸がムズムズした。
これが世に言う恋の嫉妬と言うものなのかもしれない。そんな感情も暖には初めての経験。
『やっ違うよ。別に大我は謝るようなことしてないよ!あのスイーツのアカウントだって自分決めて書かなくなっただけだし!』
「本当に?それならいいけど」
『しばらくはあのアカウントは動かするつもりないよっ。今はー…大我との時間を大切にしたい』
これから撮影のお店を目の前にして話が変な方向へ向いてしまって、暖の言葉と憂わしげな表情が店のガラスに反射して映る。
ビジネスカップルでもいい。
1分1秒でも長く一緒にいられるなら
関係につける名称なんて重要じゃない。
「な〜に外でずっと立ち話してるの?大我くんいらっしゃい!待ってたよ」
「吉岡 さん、お久しぶりです。今日はお世話になります」
「それはこっちのセリフ!おや、そっちの可愛い男の子はNATSUくんかな?」
『あっ初めまして。よろしくお願いします』
店内から迎え出て来てくれた男性はにっこりと優しい雰囲気の笑顔を見せて軽く会釈をした。誰?と顔にハテナを浮かび上がらせた暖を見て、大我は男性の横に立ち親しげに肩を手を置いた。
「この人はこの店のオーナーの吉岡さんでパティシエでもあり製菓専門学校の講師でもある、ん〜とりあえずスイーツことなら何でも知ってるすごい人っ」
「ちょっと!なんだか最後紹介適当だね」
『カフェのオーナーでパティシエで講師!?す、すごい……!』
暖にとっては神様のような肩書きが並ぶ吉岡に興味津々のキラキラした眼差しを向ける。オーナーと言うイメージから勝手に年齢もだいぶ上の人だと思っていたが、見た目からして30代後半位だろうか。若くして成功しているジャンルで分ければ、大我と同じ世界の人間だ。
「いや、そんなそんな大層なものじゃないんだけどね。まぁまぁとりあえず中へどうぞ」
「はい。お邪魔します」
吉岡は隣の大我の腰に手をあてて店内に入る様に促しながら進む。その後を追う暖は2人の距離や自然なボディタッチが気になって気が気じゃない。
店内に入ると5人ほどの店員がキッチンやフロアを行き来して、80年代の洋楽BGMが流れ壁には絵画が飾られている。大きな水槽にはカラフルな熱帯魚が優雅に泳いでいて、緩やかな時間が流れる空間。
「奥の個室を用意してるからどうぞ」
食べるがメインの動画となるともちろんマスクを外さないといけない。一度外したことによってそこへの抵抗は多少薄れてきてはいるものの、今回は家ではなくお店と言う周りの目がある場所。
しっかり個室を用意してくれているあたり、気遣いも満点だ。
ともだちにシェアしよう!

