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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑦

 何とか大我に甘い物を食べさせないようにと言う事だけが先走ってその後のフォローは全く考えていなかった。何の脈力もなく病人扱いされればそう言われてるのも当たり前、一難去ってまた一難だ。  『んーと……えーっと…あっ!あれだよ、前にさ甘い物苦手って言ってたじゃん。それ思い出してっ』  「そんな事言ったかな?」  『うん、言った!忘れてるだけだよ』    苦し紛れの嘘をついた。好きか苦手なのかは定かじゃないけれど、正確に言えば食べてはいけないという現実。修一から病気の話を聞いてから病気についてそれなりに調べて分かったつもりだ。  「そっか覚えてないな。もしかして俺その時他にも何か言ったりしたかな?」  『えっ、、あっ、、他にって?』  そう聞いてきた大我は軽いノリで隠し事をしているような気配は微塵も感じず、今すぐにでも病気の事を話し出しそうな勢いだった。不意に知らないフリをしたけど、もしかしてここで言うつもりかもしれないと少し身構えた。  突然"失礼しますっ"ノックとともに若い元気な女子の声が聞こえて扉が開く。すぐには中に入らず顔だけ覗かせて軽く会釈する。    「オーナーがとりあえずドリンクを持っていってってー…入って大丈夫ですか?」  「どうぞ、あっそこ機材気をつけてね」  一旦その場の雰囲気は流れて大我は愛想良く対応を始める。まぁとりあえずこれで良かったんだろうと思うしかない。バイトの子がテーブルにドリンクを置くと、暖はすぐに手にして何日も水をあげていない植木鉢の土のように、身体はどんどん水分を吸収していった。ヒヤヒヤするシーンの連続で相当喉が渇いていたらしい。    「あの、、私ずっと数年前から配信見ててファンなんです!会えて嬉しいです!」  「そうですか。見てくれてありがとう」  「オーナーと知り合いって聞いて驚きましたっ!しかもこの店で撮影するなんてっ」    このアルバイトの子は、視聴者らしくワントーン声が上げて興奮気味に話す。目を輝かせいつも画面越しで観ていた大我を目の前に舞い上がる。 そして余所余所(よそよそ)しく暖の方にも視線を向け初めて見る暖の姿を確認しているようだ。  「もし良ければー…サインとか写真一緒に撮ってもらうのはダメですか、、?」  「もちろん。いいですよ」  「あっありがとうございます!!」  ポケットから出したスマホを裏返しにしてマジックペンと一緒に差し出しここに!と指を置いた。ピンクの可愛らしいスマホケースにスラスラとペンを動かし手慣れた大我のサインを覗き込むと、次は暖の方に向いたペン。  「NATSUさんもお願いしますっ!」  『えーっ、僕も!?サ、サインなんて僕っ、どうしよう』  「難しく考えず名前書けばいいんだよ」  そう言う大我が隣で見ている中、人生初のサインを書いた。緊張で手が震えてぐちゃぐちゃになったが、それでも大切にすると心から喜んでくれた。そのまま女の子を真ん中にしてスマホでセルフカメラモードにして3ショット写真を撮る。  「嬉しいです♡ありがとうございます!ほんとお二人お似合いです。これからも応援してます!」  そう言って部屋を出て行った。嬉しさはもちろんあるがそれ以上にまた特有の悪い方向に考える性分を発揮してまたも思い悩んだ。    「良かったね暖、俺たちお似合いだってさ」  『あ、……うん』  「あれ?あんま嬉しそうじゃないじゃん」  『やっ、嬉しいよ!ただ顔見てさ幻滅されなかったかなって、、仮にも大我の彼氏がこんな不細工でよかったのかー…とか』  「まーたそうやってネガティブになる!あの子も喜んでたし、暖にはもうたくさんファンがいるんだよ自信持って!」  "ファン"って言葉なんて自分にはそぐわない。だけど実際そう言ってくれる子を目の当たりして、もっと自分を見て欲しい期待に応えたいなんてそんな心理が働いたのも事実。  誰かに気にされている、誰かに求められている。結局人間はそれを感じた瞬間に幸福を感じる生き物でそこでやっと自分の価値を見出せる。  「吉岡さんも暖に会いたがってたんだよ、スイーツ好きの彼氏を見たいって!」  『そうなんだ、、でもさ大我はホント顔が広いよね。吉岡さんとはどこで知り合ったの?」  「吉岡さん?あぁ〜ホスト時代にお店に通ってくれてた常連さんでいつも指名してくれてた人」  『えっっ!!だって吉岡さん男だよっ!』  「ホストクラブはね男性客も来る事あるし別に珍しいことじゃないよ」  『そうなんだ。だから大我がホストやってた事知ってたんだ。そ、それなら吉岡さんってー…その……いわゆる何て言うか』  「ん?何っ!?」  『男性が好きとか、、大我とそうゆう関係になったことあるとかー…そういうわけじゃ…ないんだよね?』  それを聞いて大我の目はパッと開いて口角を上げて歯を見せた。ホストクラブに行く男性と聞くとどうしてもそうゆう方面に考えが行くのは、きっと夜の世界を知らなすぎるせいだろう。  「あっははっ。俺と吉岡さんがそういう関係だって?ない!ない!何を言い出すかと思ったら、ふふっ」  『ちょ、そんなに笑わなくていいじゃんっ』  「あのね吉岡さんは、れっきとした既婚者で綺麗な奥さんと可愛い娘さんがちゃんといるから!」  『そっ、そうなんだ。何が変な勘違いしちゃった。ごめん忘れて」

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