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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑨

 暖はレビューノートを思い出しながらあの時何より必要だったのはペンとスマホ、それが生きる支えだった。それが今や誰かが用意した撮影カメラや照明ライトに変わりに何万人に届ける。  そして何より違うのは一人ではなく、、好きな相手が隣にいる事。  暖はテーブルに並ぶ一つ一つの宝石を丁寧に身体に染み込ませるように口に入れていく。 食事とは違い栄養を身体に取り込むのではなく幸せを取り込み心を癒し安定させてくれる、スイーツはそんな役割だ。 それを伝えれば細かい話術や派手にリアクションなんていらない。  暖は口に含む度に全身が満たされていくのをカメラの存在を忘れてしまいそうな位に素顔のまま食していく。時折、大我と顔を合わせたり付いたクリームを取って貰ったり。  今回ただの食レポではなく幸せや溢れる映像撮るのは吉岡の狙いでもあった。  『ごちそうさまでした』  すべてのお皿を空にして吉岡は2人を見てにっこり笑って頷くと、カメラの赤いRECランプがパッと消え無事に撮影は終了した。    「お疲れさま。うん!NATSUくん良かった」  『あ、ありがとうございます。全部ほんとに美味しくて!ほとんど喋ってなくてごめんなさい』  「それでいいんだよ。画面からはスイーツの魅力しっかり伝わってた。僕は(わざ)とらしい語りが嫌いでね、心から味わう時は黙ってるもんさ」  『すごく幸せなスイーツでした』  「そう言ってもらえると嬉しいな!それにしっかり2人の愛を感じたしね、この店のコンセプトの"愛"それを表現したかったんだよ」 実質単独で進めた初めての撮影は手探りだったがこれを見てお店に来る人が居たとすれば、役に立て嬉しいし何よりスイーツを魅せる事ができて満足だ。  帰りには手土産まで渡された。吉岡、そしてキッチンで素晴らしいスイーツを作ったパティシエまでが出口で揃って見送ってくれる。  『今日はありがとうございました!』  「こちらこそ。そうだNATSUくん、これ僕の名刺ね。また食べたくなったらいつでも連絡して来てね!動画アップされるの楽しみにしてるから」    今日1日で今までのスイーツ人生が全て凝縮されたような濃い1日だった。食べ物には期限があり、身体に入れてしまえば形が消える。それなのに忘れられない舌や脳に記憶した満ち足りた感覚をずっと忘れずにある。それが病み付きになる。  「吉岡さん、また二人で来させてもらいますね」  「待ってるよ。それにしても二人はいいカップルだね。応援してるからお幸せに!」    そんな風に店先で話していると"店の者と話していは大我じゃない?と隠せないオーラに店内の客の数人が気づいたようで少しザワザワと席を立ち始めた。  「あー…2人共早く行ったほうがいいかな?」  「あっうん、ですね。吉岡さんまた」    暖は顔を下げて急いでマスクをつけ二人は客達の視線を避けるようにお店を後にした。歩いてお店から少し離れた場所に停めたバイクに跨がる大我。  「駅までなら乗せられるけどいいの?」  『うん、大丈夫!なんだか少し歩きたくて』  「わかった。気をつけて」  この後予定があると大我は急ぎ足でエンジン音を鳴らしながら走って行く。暖は初めてきた街をゆっくり堪能するように歩き一人でお店を食べ歩いて時を思い出して懐かしみながら。    帰りの電車、暖の頭の中は若いパティシエが達が色濃く残っていた。そして暖の中に確かに芽生えたもの。 "何者かにならなければいけない"ではなく"何者かになりたい"初めて具体的な未来を想像できた瞬間だった。  『パティシエ……やりたいな』  それまでは自分は誰かを喜ばせるようなタイプの人間ではない、そんなネガティブな思考しかなかった。だけど今は自分にも出来るかも知れないと思える様になった。  それも大我に出会えた事がすべて。

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