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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑫

 「へぇ、頑固だと思ったら意外と物分かりが良い方なんだな」  「言っとくが俺はアンタみたいな私利私欲でやるんとちゃうで。暖の目を覚まさしてやるだけや」  「あっそ、まぁいいや。連絡先教えてくれる?」  「それと手を組むとは言うたけど仲間と思ってへんからな。勘違いせんといてや」    警戒意識は弱めない明希は連絡先を交換して"また連絡する"とだけ言ってサラッと去っていく。 電子タバコの水蒸気をスーッと吐き出したマコトはしゃがんで入力した番号に"乾 明希"と登録した。  ◆◇◆◇◆◇◆  9月に突入し残暑をひしひし感じながら浪人生の秋はスタートした。  あれから明希は予備校には休まず登校しては、何もなかったようにいつも通りに振る舞っていた。明希にとって変わらず更新される二人の配信に目を背けたくなるが、暖は当たり前に週に一度は大我と撮影し場合によっては泊まりでそのまま登校する事もしばしば。  暖にとっては忙しくも充実した日々。しかしこの頃芽生え始めたまた別の意識に悩んでいた。  「僕は寄る所あるからこっちから帰るね」  駅でいつも乗る電車と違う方向を指差して明希といつみに手を振り、家とは真逆方向の電車に乗り30分ほど揺られる。  電車内は夏休みを終え新学期を迎えた制服姿の高校生グループが目の前の席に座っている。暖は一年前の自分自身と照らし合わせて、高校3年生の今頃は希望に満ちた大学生活がすぐ待っていると思っていたと思い返した。  目的駅に到着するとスマホで地図を検索し始めた。夕方6時はすっかり日が沈み、お店や街灯の明かりもつき始め秋の夜長を感じ始める。  『えーっと。この信号を左にでー…真っ直ぐ。どこだろ、、あった!ここだ』  "三田(みた)製菓専門学校" まさにここが吉岡が講師を務める専門学校。暖はあの日の撮影から気になって調べていた。そのうち実際の学校を見て見たくなり衝動的に足が向いてしまった。  暖からすればこの学校の建物自体がお菓子で作られたお城のように甘く幸せに溢れた物に見えている。毎日この中でまだ名もない者達が失敗して怒られて成功して喜んで、卒業し一人前になって作られたスイーツがいつか店頭のショーケースに並ぶ宝石に変わると。  正面玄関入り口には大きな懸垂幕がありパティシエ科、製パン科、カフェ科。そしてヨーロッパへの海外研修なども書かれている。暖にとって心躍るワードがつら重なり、入り口前で見上げてはしばらく口をあけて立ち止まった。  『あ、生徒さんだ』  ちょうど授業を終え帰宅する生徒達が出てくると何故かクルっと後ろを向いて背中を丸め隠れる様な仕草をしてしまった。ただどんな所なのかが気になって見に来ただけなのに、何だか悪いことをしているような気分だから。  大学進学を目指して予備校に入学し、日夜勉強に明け暮れている浪人生が決して来る場所ではない。だけど学校から出てくる学生さん達を見ると羨ましくて堪らない。  この時脳裏をよぎったのは"進路変更"  『いやダメダメっ!そんなの今更、無理に決まってるしー…お父さん、お母さんにも何て言えばいいか。陽にだって今以上に嫌われちゃうだろうし、、それ以前に僕なんかが作る側になれる訳ないよっ』  突然独り言をブツブツと喋り出した暖を通りすがりの人達が、気味悪そうに見ているが自分の世界に入って全く気付いていない。女子に混じって時々出てくる自分と年の近い男子には特に目を惹く。  裏に周って首をぐーっと伸ばして見えそうで見えない中を覗こうとする。パチッパチッと建物の写真を数枚撮ってカバンにしまった。 "帰ろ、、"とものの15分以内いないくらいで怪しまれない様にそそくさと後にした。  意外にも歓楽街の街にあるこの学校は最寄り駅までの近道を行くなら飲み屋やバーやキャバクラなどのストリートを通る。 "そういえば前に来たことあるような"と少し記憶を巡らせながら下を向いてカバンを抱きしめる様に持ち早歩きで歩く。  「お兄さん!学生さん!?」  『だ、だ、だ、大丈夫です!!』  「可愛い女の子いるよ〜」  『い、い、い、いいです!!』  歓楽街の一人歩きはターゲットにされやすい。キャッチの声が右から左から数歩けば次から次へと声をかけられる。ずっと足元を見ながら早くこのストリートを抜け出したいと冷や汗を書きながら歩く速度は上がっていく。  「お兄さん、待って。スマホ落ちたよ!」  『だ、大丈夫です!!!』  「いやっ大丈夫じゃなくて、お兄さんのだってホラっ!これそうでしょ?」  後ろから後を追ってくる声に立ち止まって恐る恐る振り向いた。スーツ姿の若い男性が暖のスマホについたゴミをパッパッと払って差し出した。  『あっ、、僕の。ありがとうございます。てっきりキャッチの人かと』  「あーいいよいいよ。無理もないよ、この時間帯この辺はキャッチだらけだから」  『助かりました。それじゃどうもー…』  「あれっ?どっかで見た事、、あっー!もしかして配信とかしてる?えっと名前何だっけー!?」  『えっ、いや。そんなのしてません!』  視聴者に顔バレしたと焦る暖。二度ほどマスクなしの配信をしたこともある。声や体型なんかも合わせて気付かれたかもしれない、早くこの場を立ち去らないと。  「思い出した!先輩の!大我さんの彼氏さんでしょ?」  『えっ、、、先輩?大我さん?』

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