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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑭

 『あっいえっ、!そういうのを疑って来たわけじゃないですからっ』  「そう?てっきりそう言う事かと思った」  顔を全力で左右に振って違うとアピールする暖の隣で星夜は笑顔でおしぼりを二つ折りにして渡した。それに続いて内ポケットから名刺を取り出し、いつもの小慣れた自己紹介を簡単にする。 渡された名刺をまじまじと見ると名前の横に存在感のある文字。    『、、主任ー…?』  「ああそうなんだ。俺こう見えて一応この店では主任って言う立場」  『えっっ!?それって会社でもすごい位置なんじゃないですか?』  「ホストクラブはこういう役職がたくさんあってね、そこそこ稼いでいれば何かの役職がつくんだよ。あ〜自慢じゃないけど一応俺この店でNo.3なんだよねー」  全く無知な世界でもホストクラブには売り上げ金額に応じて毎月入れ替わるナンバー争いと言うものがある事は知っていた。 Zeal Nineはこの街に100店舗近くあるホストクラブの中でも1、2を争う大型店で、ホストの人数も桁違いに多い。それ故に競争は熾烈(しれつ)だ。 『で、でも!分かる気がしますっ。星夜さん、話しやすくて安心します。だからきっと女性にも人気だと思いますよ』  「嬉しいな。じゃあ〜これから俺のことを指名してくれる?なーんて、ヤバっ!大我さんに叱られる!今の無し!」  星夜のお陰で少しずつリラックスしてきた暖の前に注文したドリンクが運ばれてきた。ただのソフトドリンクもスーパーで買えば100円だがここでは10倍の1000円程にハネ上がる。グラスさえも高価に見えてしまうホストクラブマジックに恐縮しながらジュースを手に取った。  "乾杯"とグラスを合わせて、喉は相当乾いているがすぐに飲み切ってしまっては勿体無いとちびちびとストローでゆっくり飲んでいく。  『あのっ、、訊いていいですか?大我ってー…このお店にいるときはどんな感じだったんですか?』  「大我さん?それはもう!この店で大我さん以上のホストはいないよ!今だに売り上げを超える者はいないし生きる伝説って感じ!?」  『生きる伝説ー…』  「大我さんって顔もカッコいいし気が利いて話の引き出しも多くて喋り方も上手いし。狼みたいに危険で強引なとこもあると思えば、母性本能くすぐる甘え上手な猫の部分もある!それって最強だと思わない?」  星夜は指を折り数えながら興奮気味に大我の魅力を話す。星夜も入店から大我の背中を見て、あんな風になりたいと憧れと目標にしてこの仕事を続けてきた。  なかなか売り上げが取れずに辞めよう考えた時は相談に乗って引き止めてくれた事、指名が増え調子に乗って一人一人の接客が(おろそ)かになっていた時はピシッと愛情を持って叱ってくれた。  そんなエピソードが絶え間なく星夜の口から出てくるのを、暖も頷きながら熱心に訊いている。  「だから今の俺がここにいるのは大我さんのお陰で、感謝してる一生頭の上がらない人。って感じかな」  その話を訊いて暖も心の底から納得した。暖も大我に出会ってなければ、世間的に大学は行くべきなんだろうど何となく決めた志望校への勉強を目的もなくしているだけだっただろう。  それが今は導かれるように製菓学校へ足を運び、自分とは正反対の様なホストクラブと言う場所にいる。大我と出会う前の自分では考えられないような行動をしている事に気付いた。  『それ凄く分かります。僕もー…大我に会えてやっと自分を出せるようになったから、、』  その時お店のBGMが更に賑やかになり目の前のテーブル席にホスト達が集まり騒がしくなり始めた。他のテーブルの客達も一斉に視線を向けるとホストクラブ特有のマイクパフォーマンスが始まる。  「あっ見て、シャンパンコール始まるよ」  『シャンパンコール!?』  「一定金額以上のシャンパンボトルを注文したらテーブルにホスト達が集まってお客さんの前でコールするんだよ』  マイクを通して囃し立てる声が店内に響き、テーブルを囲むホスト達の身振り手振りが見事に揃ってお祭りの様だ。シャンパンを注文した女性客にとってもステータスを感じると共に指名する担当ホストへの貢ぎ物だ。  『す、凄いなぁ、、』  「でもこんなんで驚いちゃダメ。アレは通称ドンペリピンクって言って30万円くらいなんだけど、大我さんのテーブルにはその10倍の値段のオーダーを毎晩、しかも何本も並んでたんだからっ」  『じ、10倍って300万!!?ッ、毎晩!?』  「誕生日とかお祝いの日になれば一晩で何千万単位を一人で売り上げるし。完全に無双状態、誰も追いつけなかったよ」  思ってた以上にすごい世界に生きていた大我のまた知らない一面を覗いてしまった感覚。聞けば聞くほどもっと知らない部分を知りたいと欲が出る。  『大我って、やっぱり凄いんだ……』  「あのさ逆に質問していい?次はそっちが答える番ね!」  『あっ、はい。何でも』  「気になってたんだけどさ、大我さんとはどうやって知り合ったの!?」

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