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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される⑲
「懐かしいだろ?」
「別に」
「この店のホストでこの部屋1番利用したのは間違いなく大我、お前だからな」
ガラス張りのVIPルームはさっきまでいたフロアが一望できる場所にありミラーガラスになっている。外からはガラスが鏡のように反射し大我や詩音の姿は見えず、遮られた厚い壁と防音で声が聞こえることもない完全なプライベート空間だ。
会社経営者の社長や令嬢、有名人など一定の金額をクリアしたものだけが入るいわばお金を多くお店に落とす上級客だけが許されるこのVIPルーム。大我がこの部屋で接客する姿をライバルの詩音も幾度と無く見ていた。その度に闘争心に火が付いていたのを今では懐かしく思う。
「それで話たい事って何?まさか思い出話するために引き止めた訳じゃないだろうし」
「どうして店を辞めた?しかも連絡もつかず消えるように突然な」
当然その質問は来るだろうと覚悟していた大我は一息ついて高級ソファーに身体を預けた。辞めてからは一度もこの店に訪れる事はなく、もう来る事はないと思っていたのに。
「、、特に理由はない。ホストなんて入れ替わりの激しい世界、急に飛んで居なくなることぐらい日常茶飯事だろ」
「何言ってる。こんな事言いたくなかったがお前はそこら辺のホストと一緒と思ってない」
詩音がどれだけ指名を取ってフロアにシャンパンコールを響かせても大我に勝てた事はなかった。No.1の大我の壁は高くライバル視する一方でホストのしては尊敬もしていた。
「それは買い被りすぎ。俺は普通だよ、、何も特別なんかじゃない」
"普通"の2文字に苦しめられた人生。いつでもどこにいても普通ではなかったこれまでの日々。アメリカでの生活も外国人だと見られ、日本にいても幼い頃から病気が原因でクラスメイトとも上手く馴染めず学校へも行かなくなった。
「呼んだ理由がそれなら今言った通り特に理由はなく、ただ単にホストがつまんなくなっただけ。どうこれでもういいかな」
「エースの朱美 さん、あれからもしばらく来てたぞ」
その名前を聞くと大我は目を強く開いた。ホストにとって1番大事な存在。自身に一番お金を使い売り上げに貢献し店のランキングにの仕上げてくれる"女神"のような客だ。
大我にもそんな存在がいたがこの店を去ったのは突然で、お世話になったエースに挨拶さえもすることなく消えるように突然この店を去った。
「朱美さんはお前が帰ってくるかもしれないと口にしていた。突然いなくなったお前を憎むどころか何かあったのかと心配しながら帰りを待っていたんだからな」
「……それは申し訳ないと思ってる」
「お前がそんな人に一言礼も無しに消えるような薄情なやつじゃないって事は知ってる。本当は別の理由がー…」
「ッ俺の何を知ってるって言うんだよ!!」
言葉に声を荒らげて返す大我に詩音は変わらず涼しい顔をしている。感情的になるのはやはりやめた理由は別にあると確信した。詩音は畳み掛けるように大我の向かいのソファーに座り窓から下のフロアに目線を下げて言った。
「それならついでにもう一つ。あの子の事だ」
「あの子?、、暖?」
「ああそうだ、二人がカップルなんて嘘。本当は付き合ってなんてないんだろう」
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