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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される㉑
"終りにする"とはつまり配信カップルを辞める事。偽カップルを解消してまた他人に戻る意味をさす。
「一応そこらの分別 はあるようだな」
「暖には暖の未来があって俺が邪魔してはいけないしー…責任も持てない」
「顔を隠して配信しているのは違う誰かに変わっても気がつかれない為か?なかなか賢いな」
「初めは顔出しを拒否した暖が言い出した事だけど、よくよく考えたら俺にとっても好都合だなって。詩音が今言った様に」
出会いのきっかけこそ配信停止になる死活問題で良い物ではなかったけど、これも神の思 し召 しかと好奇心の赴くまま暖に近づいた。
「そうだな、人には適材適所がある。彼は元のいち予備校生に戻って勉強に集中するべきだ。これは彼の為でもある」
「言われなくても分かってる」
「ただそれを伝えた時、彼がどう思うかなだな。早い方がいいぞ面倒になる前に」
「面倒って?」
そして詩音は暖がこの店に来た経緯 を一から説明した。暖が好き好んでこんな場所に来るはずはない、聖夜の誘いを断れないまま渋々流されて来店したと思っていた。だからこそ連絡が入って暖がいるを聞いて予定を途中抜け出してバイクを飛ばした。
ところがまさか暖から行きたいと言って来ていた事に驚いた。
「度胸があるのか、それともただの世間知らずか。俺には分からないがただ大我って人間を知りたくて来たんだろう」
恋をすると相手をもっと知りたくなる。出会う前の知らない過去さえも見てみたくなる。どんな人に会ってどんな経験をして、そしてどんな恋愛をしてきたか。
「もしかして彼は本当にお前に惚れたのかも」
「は?何言ってー…」
「俺にはそう見えるけどな」
占い師さながら人の心の中を手に取るように読み当てる事に一際長 けている詩音から放たれた言葉なら説得力はあるが、さすがに今回ばかりは素直には受け入れられなかった。
「おっと俺としたことがゲストに何のおもてなしもしていなかったな、何か飲むか?」
「いやもう行くよ。食べ終わったみたいだ」
暖は手を合わせて"ごちそうさまでした"と口を動かして身体中に染み込んだ甘い蜜に浸る。
テーブルいっぱいに並んだスイーツの宝たちはただのお皿になり、暖を周りの世界は超人気名店のカフェはホストクラブへの姿を戻した。
スイーツが無くなると現実に戻った空間にまたオドオドと一人に不安を感じたのか、辺りを見回して居づらそうにしている。
大我はソファから立ち上がり一瞬、詩音に目線を向けてドアを手を掛け出て行こうとした。
「なあ大我、率直に言う。また店に戻るつもりはないか?お前ならまたすぐにでもー…」
「この店には感謝してる。だけど俺はもうホストはやらない。事情があるんだ分かってくれ」
そう言うと部屋から出て行き、階段降りて端奥の暖の席まで歩いていく。あの頃のホストの大我は、指名がかかると姫の元にスーツやヘアスタイルの乱れをチェックして席まで気持ちに気合いを入れて向かう。
一日に何十、何百、何千万の売り上げを自力で勝ち取りに行く野心だけが自身を突き動かしていた。
だけど今は違うとはっきり言える。
今席で待つのは客じゃなく大切な人だ。
「暖、帰ろうか」
『あっ大我!良かった!一人じゃ心細くて、、もう話は終わったの?』
「待たせてごめん。暖もお腹は満たされた?」
『うん!すごく♡ずっと食べたいと夢見てたお店だから本当幸せだよ』
暖の幸せいっぱいの表情は何度見ても飽きる事は無い。むしろその度に大我自身も気持ちが安らいでいくを感じる。大我が手を伸ばすと暖もその手を掴んで二人は手を繋いだまま出口に向かう。
周りの客も二人を知ってか知らずか幸せオーラを注目して面白がって見ていた。暖は恥ずかさがありつつも嬉しさの方が優って手を外そうとはしない。むしろ配信をしばらくしていると見られている事に慣れと優越感すら感じている。
出口出前で止まりスタッフに小さくお辞儀をした大我。それに続いて"あ、ありがとうございました"と暖が言うと手を繋いだまま外へ出て行った。
その様子を上のVIPルームからただ眺めていた詩音は口元を緩めて少し笑った。"事情がある"と言う最後に残した言葉はこの店が嫌になり去った訳ではないと言う証拠。
それを知れただけで詩音は数年の大我に対する蟠 りが消えて一歩前に進んだ気がした。
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