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#スイーツ男子の試練は冷たく口溶け易いババロアのように試される㉒

 店の外に出るとすぐ目の前に見慣れた大我のバイクがあった。かなり焦っていたのだろう、車体は斜めに向いて急いで乱雑にシートに置いたせいかヘルメットが下に転がっている。さらによく見れば鍵穴にキーが刺さったままだ。  大我は転がったヘルメットを拾い上げて軽く汚れを払い暖に手渡すと"ありがとっ"と笑顔で受け取るが大我は力を緩めず手を離してくれない。 顔を上げると見るからに表情は険しかった。  『……大我、、?』  「どうして一人で勝手にお店に?」  さっき席で手を差しのべてくれた優しい顔とは一変した怒った口調の礼に萎縮して黙ってしまった。例えるなら悪さをして、警察に保護された少年を母親が急いで迎えに来たような状況だろう。 やっと2人になって安心したのも束の間、言いたい事は山ほどある大我はそう簡単には家に返してくれないようだ。  『歩いてたら声かけられてー…』  「それは聞いたよ、たまたま路上で星夜が暖に気づいて声をかけたって」  『うん、そうだよ。彼が大我の働いていたお店の後輩で知り合いだって』  「だけどそれが嘘だったらどうするの?こういう場所は人を騙そうとする悪い奴だって多くいる。変なところに連れて行かれたり、大金を要求されるかも知れない」  『お店の名前知ってたからっ!以前、、大我の部屋で偶然お店の名刺を、、見たことがあって』  「だから信じて付いて行ったって?」  警戒心は持っていたつもりだが、大我の名前と耳にした事のあるお店の誘いは暖にとってスイーツの甘い誘惑に似た物があり吸い寄せられた。 そしてこんなチャンスは二度とないかもしれないと言う気持ちが足を店に向かわせた。  『ごめんなさい。働いていた店に勝手に行ったりして。そんな権利ないよね、恋人でもないのに』  「そうゆう事言ってるんじゃ無くてー…」  『ちょっと調子に乗ってたね僕、、』  大我が怒るのも無理もない。勝手に断りもなしに自分の過去に土足でドカドカと上がり実際その場所まで足を運び、出会った人と話してまるで大我は自分の(もの)と言わんばかりに。 身の程知らずとはまさにこの事。自分の行動を振り返り優しさに甘えてたと思い知らされる。  "僕なんかが……"と自分を卑下する言葉を口にしながら少し声を震わせて泣き出しそう。こうなると何を言っても聞く耳持たず、またいつものネガティブが発動するのが分かっているから大我は黙ってそっと抱き頭を撫でた。  「もうそれ以上何も言わなくていいから」  『だって、、大我に嫌われたくないから』  「いつ俺が嫌いって言った?勝手に決めてさ、一人で傷ついて悲しんで忙しい子だね」  "面倒になる前に"とVIPルームで詩音が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。恋は依存するものだ。深くのめり込むと後に引けなくなる。 暖のように恋愛経験の少ない若い子は特にその傾向があり、心を許した人に嫌われることが1番怖いと感じる。それは大我が多くの客を相手をしてきた経験から熟知していた。  「それはそうとなんでこの場所にいたの?」  『えっっッ!?』  「だって予備校からここは距離あるしこんな飲み屋街に何か用事でもあったの?」  『んーっと、、それはその……』  「何してんですか、やだなあ〜店の前でっ!」    暖の沈黙を遮ぎるような声が後ろから聞こえた。聞き覚えのある声と独特な話し方にすぐに気付き顔も見ずとも背中越しで星夜だと分かった。 暖は大我から身体をバッと離して顔を赤らめた。  「別に今更恥ずかしがらなくても!さっき店内で手をつないで歩く2人素敵だったな〜」  「星夜も見てたのか」  「接客しながらチラッと。大我さんが来てるって聞いたから会いたかったんですけどなかなか席離れられなくて。よかった間に合って!」  大我の一番弟子を自ら豪語する星夜は大我を追って店から出てきた。店を辞めて以降しばらく音信不通だった大我を気にしていたが、ある日動画配信を始めたことを知り画面越しで大我を見続けていた。 そのせいか久しぶりな感じは無くフランクに話かける星夜。だけど大我は違った、どこか心の奥で星夜に対し申し訳なさを感じていた。  「ごめん星夜。あの時何も言わず店を去って。今更だけど星夜には言うべきだったって思ってる」  「いやっ気にしないで下さい!それは当時はショックでしたけど俺、大我さんが教えてくれたこと全部実行してますよ!そうしたら指名つくようになって、俺No.3まで来れたんですよっ」  星夜は入店時、田舎から上京して右も左も分からずスーツに着られているような垢抜けない子だった。それでも出勤時間より早くお店には来ては店内を掃除をし営業が始まれば、売れっ子先輩達の接客を目に焼き付けて勉強していた。そんや健気(けなげ)な星夜を大我もいつの間にか一番可愛がる後輩になっていた。  「よく頑張ったな、星夜ならすぐにNo.1になれるよ。俺なんてすぐに超えられる、陰ながら応援してるから」  「ありがとうございます」  「それじゃあNo.1になった時はそうだな。ロマネでも入れにくるかな」  「ほんとですか!絶対、約束ですよ!」  ホストクラブの高級シャンパンの代名詞ロマネコンティはNo.1に相応(ふさわ)しいお酒。大我の席でロマネオーダーが通るのを何度か見る度、いつかそれに見合う洗練されたホストになりたいと願っていた。今の売り上げ数字で見ればそれが叶う日まそう遠くないかも知れない。  そんな二人のやりとりをドラマの感動のワンシーンを観ているように目を輝かせている暖。その時ポケット中のスマホが鳴り"お母さん"の文字にドキッとなる。夜11時近くになっても帰ってこない暖を心配して店内にいる時間にも何度か着信があった。 "すぐ帰るから"と居場所はいつもの明希の家と言うことにしてその場をしのいで電話を切った。  「お母さん?もうこんな時間だもんね、暖バイク後ろ乗って送るから」  『うん。あっ星夜さん今日は色々ありがとうございました!楽しかったです』  「楽しかった?美味しかったの間違いじゃなくて?」  『違いますっ!まあそれもあるけど、、』  「でもまたお待ちしてます。次会う時はNo.1の星夜って紹介出来るようにするから。二人の配信も楽しみにしてますから」  3人は笑い合いながら手を振ってバイクは夜のネオン街の中を走って行き、星夜は2人の姿が見えなくなると店に戻って行った。  そして店の前の一部始終を少し離れたビルの陰からスマホのカメラを向ける誰かがいた。カシャカシャと連打される音は街の喧騒に紛れ3人の姿が無くなると静かに鳴り止んだ。  

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