86 / 89
#スイーツ男子の失恋はラムレーズンの熟した悲観と未来への調和⑥
ネットに溢れる写真や動画、噂やデマ。今や世界中の人全てが目にして書き込めて繋がれる。
HAPPYな出来事もBADな出来事も全員がまるでスマホを道具にして記者のようでもありスパイのよう。
一躍、有名配信者の仲間入りを果たしたといっても過言ではない暖も初めてそんなネット社会の洗礼を受ける時が来たのかもしれない。
思う存分スイーツの糖分で満たされた暖も満足顔で帰宅した。家の中は鍵が閉まって真っ暗で家族は誰もいないし愛猫さえも姿が見えない。
『あっそう言えば、、朝おばあちゃん家に行くって言ってたかな?』
キッチンに母親が作り置きしておいたと思われるお鍋がコンロにあって、冷蔵庫にも食材が買い込まれていた。きっと明日まで帰って来ないだろう。満たされたお腹でご飯を見ても興味を唆られずすぐに二階へ上がる。
部屋に入るとすっかり充電が切れ真っ黒な画面になったスマホを充電器をつないでベッド脇に置いた。カバンをゴソゴソと探って取り出したのは指導室で暖が担任と話していた時に手にしていたモノ。
それは吉岡が講師をする製菓専門学校の案内パンフレットだった。ひっそりと学校の偵察に行ったあの日もらって来ていた。
暖にとって夢のような世界がこの数ページのパンフレットに詰まっていて、ここしばらく脳裏から離れないこの気持ちをやっと担任に話す決心がついた。
"大学受験を辞めて専門学校に通います"
明希達が学校で見た指導室の中ではそんな会話が行われていた。進路に関して近い存在の予備校の担任と言う立場は言いやすく、少なくとも受験のプロの立場からそれなりに助言ももらえると思った。もちろん担任は驚いていたが暖の意志は硬く決まっていて、何を言われても気持ちが変わる事は無い。
でもきっと先に相談すべき人はいる。まだ親にすら言っていないし明希やいつみ、そして大我にも言えずに胸につっかえたままだ。
パンフレットを仕舞おうとして引き出しを開けると久しぶりに見たスイーツレビューノートが目に入り、少し見つめてから中から取り出した。しばらく止まったままのレビューノートは、あの投稿事件のきっかけになったお店のページを最後にして白紙のページが何ヶ月も続いていた。
『書いて、、みよっかな』
ぼそりつぶやいてボールペンを手にした。まだ残る口の中の甘さを再度思い出すように舌の感覚に集中する。ここしばらくは机に座るのは学校の課題や授業の復習の様な気が進まない事ばかりだった。
だけど今は違う。スラスラと止まらないペンの動きはあっという間に白紙のページを埋めていく。
文字を書いてイラストも添えて、舌とペンが連動し止まらないのが楽しくて暖は夢中にただ書いていた。
するとふと頭に浮かんだオリジナルレシピ。今のこの9月の初秋にスイーツを出すなら?と空想の中で白いコック服を身に纏ったパティシエになった暖はページを一枚捲り、新たな白紙の上に大きく絵を描き始めた。
『そうだなぁー…今が旬のピスタチオを前面に使ってあえて色味が似ている抹茶と合わせることで見た目のグリーンの鮮やかを強調つつ、抹茶の苦味とピスタチオのコクをマッチさせ味の濃さを少し緩和させる生クリームを上部にたっぷりと!それからー…』
家に1人きり状況に開放的になり自然に声が大きくなっていく。理想のケーキを頭の中で想像膨らませ架空の調理タイムが始まる。
何十年も修行を積んだ神カリスマパティシエの手捌 きと到底自分では揃えられないような高級食材たち。
想像の中ならなんだって出来る。食べる側のレビューノートに作る側のレシピが書き込まれ、今の暖の気持ちの変化がまさにノートに表れてる様だった。
完成したケーキの絵を眺めていると閑静な住宅街に響くバイクのエンジン音。半分開いている部屋の窓から聞き慣れた音につい反応してします。
"ん?この音は?"と立ち上がって窓の外を見てみるが鳴っていた音は止まって特に人の姿も無い。今では誰かさんの影響で、バイクのエンジン音とピンクの髪色の男性を見ると何故か反応しまうようになってしまった。
窓から離れてカーテンを閉めると同時に家のチャイムが鳴った。もちろん家には誰もいないし夜10時近くの時間に配達なんて終わってる時間だ。
不安に思いながらも少しずつ階段を降り、2回3回と鳴るチャイムの音に近づき玄関前まで来た。
『、、誰だろ……?』
ともだちにシェアしよう!

